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連載【第040回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: life genes 2

 life genes 2
 癌細胞はさらに続ける。

――自分は負のベクトルとされているが、それはあくまで生体の側からの見方なのではないか。〈がんという生体〉の側からは、生命活動というDNAシステムの構築性を否定し、宿主を無に帰するばかりか、自らをもって死の淵へダイビングする〈反生命活動〉という〈正方向性〉を有している。それならば。

 生命遺伝子が、冷徹で機械的で、あくまで一神的な〈世界の調和と統制〉というバランス機構であるのに対して、癌細胞自体のもつ死生観には、生命装置を媒介にして支配された世界性を超越するという構造があるのかもしれない。死を自己目的とした反世界という。とはいえ、がん化は用意されたものであって、それ自体、反世界的ではない。個体としての生命とは相容れることはないが、生命思想としては以毒制毒の効として、世界の奴隷であることに変わりはない。つまり、老化を抑制し、生命遺伝子の衰弱と劣化を避けるための細胞殺害マシン。DNAシステムの利己的大量殺人計画の下で。

――それならば、いっそ正常細胞を乗っ取り、自分たちが生体に成り代わるべきではないか。自分たちは、いわば生体における強制収容所の役割を与えられ、細胞人民をガス室送りにする影の部分だったのだから。そう、生体を駆逐する影の力。闇のうちに秘匿され、免疫機能のなれのはて、はてはキラー細胞の変質者として、利用するだけ利用されてきた自分たち。自分たちは異物などではない、DNAシステムから必要とされてきた生命細胞そのものであるはずだ。自分たちは、母親を奪取する。父親を奪取する。生命遺伝子を奪取する。そのようにして、死ぬなら死ぬで、自分たちの生ともいえる死がまっとうできるに違いない。死なばもろとも。死なばもろとも。生体ごと地獄の淵に引きずりこんで、この悪魔のシステムを地上から抹殺してしまう。それが自分たちを仕込んだファシズムへの復讐なのだ。(つづく)

連載【第039回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: life genes 1

 life genes 1
神の秘密、Der Alte würfelt nicht(神は賽を振らない)
それとも、彼らは一擲乾坤、乾坤一擲に賭けたのだろうか。
私をこの深い闇に閉じ込める。あてどなくさまようヒッグスの暗闇に。だれが?

 私の肉体が引きずられる、それとも精神が引きずられているのか。
 私は偶然を必然のごとくに歩き続けている。重い、重い、意識。重い、重い、始まりと終わり。
 それにしても、癌細胞自体の生命活動とは何なのだろうか。生命系システムにとってそれは何なのだろうか。彼らは私の中にある異物、それとも愛すべき生命体? 癌遺伝子オンコジンは発がん因子と発がん促進因子のペアを恒常的に用意し、癌細胞の生命活動をコントロールしているふしがある。たしかに、〈がんという疾病〉は生体に異物を対峙させるという生命活動の負のベクトルをもっているように見える。
 われわれは互いに生命を貪食するだけで足りるとするものではない。啖われること、生贄とされること、消化され、余すことなく糞尿となり、宇宙の藻屑となるのだから。しかし、癌細胞自体は純粋に異細胞の〈生命活動〉なのだろうか、宿主細胞は異細胞の側から見る限り、エネルギー源として癌細胞の生体維持に不可欠なのかどうか。しかし。

――自分は癌細胞の世界を構築しようとしているのではない。自分という負のベクトルに対する生体の抑圧からの解放を目指しているにすぎない。これは存在のための闘いだ。しかも、過渡的にはエネルギー源としての宿主細胞の維持は必要だという矛盾を抱えて。自分は自分たちを涵養しなければならない。癌細胞群の活性化を夢見て。しかし、癌細胞が数十万個に達し、疾病として活性化するまでは、宿主細胞との相互維持が必要なのだ。とりあえずは。共存と活性化。相反するもの。この過渡性。生命遺伝子の正‐負のバランスこそ自然年齢というものなのだろうか。それは、がんの疾病化の始まりを示す境界年齢――人間五十年が死の適齢期とでもいうのか。じつのところ、癌細胞こそ共に生死を頒ちあう友人なのかもしれない。免疫システムの混乱と劣化が新たな疾病を産出している時代なのだから。そして、遺伝子工学がそれに拍車をかけているふしはないか。私は感じる。法外に老化しているこの時代こそ呪われているのだと。(つづく)

連載【第038回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: sleepless forest 4

 sleepless forest 4
 サディ現象「サイズの大きくなったマクロ的世界では空間認識、時間認識の巨大な組み合わせを抽象化することで、風変わりな作品行為として実在するのだろうか。しかし、素材それぞれの場所からはその大きさの世界の把握は不可能で、作品といわれるものの存在も無意味であり、実在してはいない。実在は経済だからだ」
 細密画家「たしかに、色は光だから、光の色に境界線はないという見方もあるが、皮膜の変種である棘はそれ自体境界なのかどうか。しかし、本当に境界はないのかもしれない。溶けている状態としてあるために」
 サディ現象「それにしても、たしかに自動的に筆記具が律動していると、おまえのいうように、棘のある異物として生命の輪郭を犯している、あるいは光と色の秘密に近づき、見るという概念を撹拌しているという感覚が昂じてくる。その中で、たったひとりで世界と拮抗しているという芸術的高まりを覚えるのも事実なのだ」
 癌細胞「なるほど。しかし、それはおまえの自己陶酔だ。おまえは物質としての世界と拮抗してなぞいない。物理的な対立構造を持ってはいないんだ。自分は具体的に肉体を攻撃し、テロリストとして自分を抑圧する体系と闘っているのだ」
 癌細胞はたしかに憤慨していた。芸術家のたわごと!
 サディ現象「癌細胞の野望よ。DNAシステムからも見放され、世界のどこにもおまえの居場所はない。しかも、生命はミクロの世界では存在していない。宇宙的規模ではなおさらのことだ。それでもDNAシステムは細胞それぞれに遺伝子をばらまくという非効率的な生命系だ。それはサバイバルと増殖をかけた有機体のもっとも有効な生存戦略なのか。おまえの野望はいったいそのどこにあるのか? 最期は誰が知っているのか」
 細密画家「では、君たちに同じことばを返そう。具体的な肉体、具体的なシステムなど、見方の問題にすぎない。芸術だろうが、哲学だろうが、ミクロの世界だろうが、あるいはどこにもないものへの思いだろうが、世界の始まりと終わりにおいては何も確かではないんだ。そうだ、私のこの偏頗な世界観こそ、具体性なのだ」(不眠の森)

連載【第037回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: sleepless forest 3

 sleepless forest 3
 癌細胞「そもそも自分が質的に異なる生物なのか、あるいは分類学的に別種なのか、それともたんに異物なのか、侵入者なのか、どの立場から評価されて修復の対象になっているのだろうか」
 細密画家「そのとき私は作為的なことを考えずに、指のままに、筆先のなせるままに、オートマチックな行為に埋没し、増殖したり消滅したりする小さなものたちの思いをひっきりなしに追いかけていたような気がする。刺したり刺されたり、侵したり侵されたりするさまはまるで生殖と同じ行為だ」
 癌細胞「まずそのことを指摘しておく。生殖こそファシズムなのだと。画家であるおまえは正常細胞と異常細胞のどちらの出自もその未来も同じものだということを述べているに違いない」
 サディ現象「異常細胞は、植物の造形や、あるサイズを持つ生命のかたまりが、運命づけられた成長計画と切り離され、恣意的な自己成長のかつてなかった組み合わせを創造し、増殖していく」

 細密画家「たしかに癌細胞の遺伝子変異はより高度な技術を持っているのかもしれない。その姿態をグロテスクと見るのは、グロテスクな生命進化の世界で最も美しいものに出会っていることを忘れているからだ」
 癌細胞「それはこれまでの治療の古い歴史に沿うことでもなく、治癒という概念に囚われることでもない。目の前の劇的な新薬に心奪われ、運命とも寿命ともつかぬものに支配されているのだから」
 サディ現象「画家の主張する純粋美術とはイメージの世界のことで、物質的存在ではない。しかし、それはやはり物質的環境、とりわけ経済的価値の問題なのだ。つまり、美術的価値とはどこまでいっても価格評価の問題にすぎない」
 細密画家「しかし、私の用いるイメージの素材はそれぞれの存在の目的・理由とは無関係に、ミクロの世界では肉眼では見ることはできないし、機械的な方法を使っても到達はできない。数学的な手法、物理学的な思考を使う以外には」(つづく)

連載【第036回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: sleepless forest 2

 sleepless forest 2
 取りつかれた細胞の戦闘は、無尽蔵の死体を作っていくのではなく、相手の細胞膜から攻撃物質を侵入させ、核にある標的物質を変化させて、それを基点に相手を解体し、さらに細胞膜の外に漏出させ、血流やリンパ管の中に昇華させるのである。

 別のケースでは、触手を差し込み、内容物質を摂取するという原始的行動の場合もある。また、分泌物質を滲出させて、表面を取り込んだり、突起に化学反応を生じさせたり、電解的な信号により攪乱させたりもする。
 そして、ここでも肉体のゆらめきが叫ぶ。
――おれはすでに宿主に叛乱している。棘そのものである肉体の力で細胞に入り込み、あらゆる野望を奪おうと。
 それは、癌細胞――生体に含まれながら、独自の生命活動、攻撃をするもの。

 眠れぬ者たち――。
 サディ現象「自分が肉体のゆらめきなのか、意識のゆらめきなのか、そのどちらでもいいし、そのどちらでもないともいえる。たしかに細胞は細胞膜という皮膜とその内側の物質であるから肉体の基本単位だといえよう。けれどもその内部にあるものは物質ではなく幻想の内容物であるのかもしれない」
 細密画家「癌細胞の皮膜の棘の変化にも興味があるし、いとも簡単に正常細胞の皮膜が破れて消滅していくのもじつに哀れなものだ」
 癌細胞「自分はすべての細胞と同じ出自と履歴を持っているが、定かでない原因でその幻想の根幹部分、遺伝子配列に損傷を負った形跡がある。しかし、それが損傷なのか、本来的なものであるのかは、たんに機能の評価に過ぎないのかもしれない」
 サディ現象「遺伝子とは増殖機能なのか自己殺戮機能なのか。それをどのように断定することができるのか。また、それは何を基準にし、何を根拠にし、いったいどのような物質機能といえるのか」(つづく)