作成者別アーカイブ: 紙田 彰

連詩 迷い未知 二

   二

重なった記憶はあまりに乾涸びて、欲望に溢されるかどうか。

ああ。夢の中でさえ、俗事に囚われてしまった。覚醒した状態で見ているはずなのに。

こんな明確なのは初めてだ。

あ、この話を鏡子と電話アプリでトークをしていると、光の玉が左目の端に顔を出した。

あのころから、わたしは心からテロリストになることを夢見ていた。

こんな当たり障りのない告白

もっとも小さなものこそ世界の入り口だとささやくと、瞳を光のかたまりにして、きみはぼくの眼の中に宿り始めた。そうだったね。

現実にないものが小さないくつかの光になって、目のまわりを三十分くらい回っていた。

シャボン玉のような泡が眼の端からこぼれて、金色の球体となって浮かぶ。

すごい! その数とその不規則性が凄いのだ。

そうなんだね。お母さん、お父さんの側にいるよってことだね。

連詩 迷い未知 一

 一

しかし、これらは文明と深く関係している。幽霊のことだ。

またこれは貨幣概念とも近似している。
実体のない世界を支える乱雑さ、破廉恥な猿回し。

そうだ、回帰することで増殖できない。イササカイヤサカ。それらを通って全体への旅であることにまちがいはないのか。

眼を通って認識するしかない。
世界構造というものを、繰り返し構築していくばかり。ネストはあらゆる次元に包囲された特異点。

一昨日の夜、大きい光の玉と中小の無数の光の玉が左右の目の端からかわるがわる現れ、三、四十分ほど、頭のまわりをぐるぐるまわっていた。

地球、海底、月の石
大小、無意味、ごろごろと

僕は世界を認めない夢遊者だけど

これに時間要素が加わる。つまり眼という皮膜に時間が影を落とすと、眼球は歴史観という比較因子をうらうらうらと、裏ぎりぎりと。

距離のことだ。
距離を取り込むという。
圧縮。という人生観。

物理的な世界史には生と死は存在しない。

これは眼の機能とは異なり、眼の内部が発火し、エントロピーによって内部を循環し、あまねく攪拌し、臨界に達したエネルギーが外部に突出する。

そして、再び回帰していく空間に加わる剰余は、光と影の重なる記憶だったのか。

覚醒

夢。
その夜、病室のカーテンに幼児の姿をした天使が数体浮かび上がっていた。
翌日の真夜中、寝ながら左の腎臓に手を当てていると、いきなりそのあたりが熱を持ち、しばらく熱い固まりになっていた。これは病が昂じたのか回復したものかと、考えが迷った。
そのうち隣のベッドからか自分のいる空間からなのか、ラジオから漏れるような音楽が、荘厳な交響楽が、横たわる自分の体を静かに包み始めた。
これはまるで、病死したワイフがその前日に言い残したことと同じ話ではないか。
私は自分が生と死の境を目前にしていると感じたが、そのいずれなのか判断できなかった。私は神を信じてはいないと、くり返し誓った。

添い寝する妻

 私は先日、「私と妻の長い闘病の暮らしが思い出されることにいたたまれなかったのだ。」と記した。
 しかし、よく考えてみると、その暮らしこそ愛の暮らしそのもので、思い出の中には彼女がいつも生きている。思い出には生きているふたりの愛が満ちているのだ。
 つまり、苦しむべき思い出などではなく、いつでも私を迎え入れてくれる、幸せの微笑みで抱いてくれる場所なのだ。闘病のときを振り返ることで、生きているふたりの決して消すことのできない愛が実在していたという歓びに触れることができるのだ。
 死んでからの思い出は心を鎮めるために、ふたりのことを検証していくのであるが、そのことはふたりのつながりを別の世界との距離へと導いていくものである。
 わたしは、そのことを眠りに陥る刹那に、添い寝する妻の温もりの記憶とともに知ったような気がした。

mediastinal
   ――散文詩による小説「dance obscura」から

 最初の電話は、早朝だった。明らかにパニック状態の若い女の声だ。何の電話だ、危険な状態なのか。当直医と話してください、とにかく来てください。危篤の召集なのか、はっきりしろ! 女の声は、ドクターに聞いてくださいで終始する。病院はリスク回避のために即答を避けているのだ。ドクターが電話に出ることもなかった。
 車を飛ばして、私がベッドに駆け寄るなり、宿直医の部屋に呼び出される。私はあなたからひとときも離れたくなかったのに。医師は、気管支に詰まる組織片のため生ずる、胸の痛みと窒息の恐怖から、あなたの想像を絶する苦しみを取り除くため、沈静剤の使用を強要した。私はあなたが、最後の最後まで生きる闘いをする勇敢な女性だと主張した。癌が判明してから、私たちはそのことを何度も確かめあった。一緒に生きたすべての時間に確かめあった深い愛のように。
 私はベッドに戻り、背中をさすったり、叩いたりして、破片を吐き出そうとしているあなたの必死の努力に加勢する。あなたは生きようとしていた。闘っているのだ。

 最初の危篤からは奇跡的に回復した。たまたま何かの拍子で気管支を塞いでいた縦隔の癌の組織片が外れたのだ。いや、まだ生きようという強い思いが力を与えたのだ。しかし、それはこの世との袂別のための僅かな時間をもたらしたにすぎない。
 あなたはその後の数日間を窒息の恐怖とともに過ごしていた。眠るのが怖いと、怯えた眸を震わせて。それなのに、医師たちはあまりに危険な沈静剤を管から与えたのだ。脳神経を眠らせて、痛みと恐怖から解放するからと。それは医師たちの策略だった。気管支を塞いだ血痰は誰も取り除けないから、自分で吐き出すことしかできないから、危険な眠りにつかせようとしたのだ。その眠りのうちに死なせようと。死の眠りを、神でもないのに! 安楽死を公言できないから。
 失せろ! なにもできない藪医者ども!
 あなたは、まだ生きるんだな、頑張れるんだな。私の無慈悲な声に、最後の瞳を大きく見開き、首を縦に振って、うん、うんと応えてくれた。溺れゆくもののように必死でもがきながら。

 そして、いま、地震や一陣の嵐によってはかなくもすべてが召し上げられる。気がつくと、物理的な自然だけが世界に甦っていた。