作成者別アーカイブ: 紙田 彰

連載【第010回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: darkness 2

 darkness 2
 知りえぬということの罪障、根深い疑い、想起するにいたらぬための焦燥。つまり、古いもの、気の遠くなるような底部に、そもそもから用意されているはずの空虚というイメージに起因しているもの。だが、たしかに私自身がその意味するところの真実とその正体を知ることは不可能なのだ。
 私が傷つけるはずのもの、私を傷つけるはずのもの、それらは私に対して何をもたらすものなのか、またそれゆえに私をどのように扱おうというのだろう。私はそれらの鋭い侵襲によってほんとうに傷つけられているのか、ほんとうに何ものかを傷つけているのか。
 それははたして、私の部位を、それぞれの精神を、無数にある意識自体を、さらにもっと古くからある傷を重ねて、それらは醜い瘢痕となり、それぞれの表層に複雑な皺となって残される。もう、元には戻らない、戻ることはありえないのだ、と。

 そのとき私はめくるめく暗い情熱に衝き動かされ、私の外部に牙を、矛先を向けざるをえなくなるのだ。それは、決して内部に振り下ろされる斧ではなく、外に向けられるべき一撃。振り下ろされる打撃。だが、暗く熱を帯びた暴力が突出するのは、その一瞬だけである。その後は冷酷な暴力の残渣が機構として無際限に繰り返されていく。深傷を負うのは私の表層であるが、すでに亀裂、破砕は全体へ及びはじめてしまっている。

――そもそもの原因がおれにあるということはありえないが、かといってその原因がもたらす次の原因からも無関係であることにはならない。そのことはおれ自身もよく分かっているつもりだ。完全な抑圧の環境に置かれることを願っている部分がおまえにはあるに違いないが、なぜそのような願望をおまえが所有する必要があるのかを、おれは許しがたいものとして、自らの深まりの底に沈潜させている。
 だが、それにもましておれにとって真に許しがたいのは、そのようなおまえではなく、おまえを通したおまえの向こう、おれを通したおれの向こうそのものの、連綿たるつらなりであるに違いないのだ。
 おれはただ単に血を見るのが好きなわけでもなく、肉が裂け、骨が砕け散ることに快楽をおぼえているわけでもない。なぜなら、破壊されるものはおれ自身を含んだ、おれの不幸でもあるのだから。
 おれはただたんにおれ自身を壊滅的に追いつめることに自分自身の理由を見出そうとしているだけなのかもしれない。(ダークネス)

連載【第009回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: darkness 1

 darkness 1
 それは、ある青みを帯びた灰色の夕刻。その灰色の濃霧の向こうに薄黄色の光芒が垣間見えるが、こちらの側は絶望の濃紺の帳に蔽われているだけだ。さらに時間はくつがえり、かすかな光も忘れ去られていくに違いない。
 私の底部の秘められた闇、稲光がたえず閃くように、抑えきれない衝動的な葛藤がつらぬく暗黒(ダークネス)。そのような憤りの生成が何によるのかを知るものが、いったいどこにいるというのだろう。

 最初から存在する物質を想像することは不可能だ。そんなものはありえようがないからだ〔検証不能性〕。けれども、生命の底部、その発生の向こうにあるものを知ることがないといえるのか。数億年の皮質の蓄積を経て、皮膜の底に沈澱したものは甦ることはないのだろうか。傷ついた中枢神経はすでに恢復は不可能だというのだろうか。あらゆる歴史は殺戮の連鎖に違いないとはいえ、いまだ拭い去ることのできない衝動が忘却という形で記憶されている。思い出すこともなく、忘れ去られることもなく、古い皮質は傷つけられたまま。(つづく)

連載【第008回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: breath melts 2

 breath melts 2
 私は私の軟らかい部位に温かな吐息を感ずることで、ある種の熱狂を思い起こしていた。それは小波のように跡切れることのない繰り返しの感覚である。これまでにどのくらいの回数の訪れの感覚があったか、またこれからどのくらいの数の訪れを知るのだろうか。今、どのくらいの数の訪れを得ているのだろう。
 私はあなたの内側から私のこの感覚によって受け容れられているに違いないが、はたして私が受け容れているということをあなたは知っているのだろうか。
 横たわるあなたを愛撫したとしても、私があなたに重なったとしても、私の表層が壊れてしまうわけではない。私は逃げられないし、そのことを知っているからここにとどまっている。ただ迷っているということなのかもしれない。それでも私はあなたの内部に囚われている。私が望んだもの、欲望したもの、命じられたもの。あなたは崩れようとしている。切なげな表情と喘ぎとで。
 私はあなたに人間的な親愛を覚えているわけではないし、またあなたがそれを望んでいるはずのないことも充分理解しているはずだ。私はあなたをたしかに包摂しているのだから。

――わたしはあなたの表層と接点を持っているだけで、「あなたとつながっているわけではないのよ」わたしは、その理由について、わたしから言いだすことはありえないのだけれど、たしかに強い理由があるのを知っている。わたしもあなたを愛しているはずがないし、これからも愛するはずのないことも、またあなたを憎むこともありえないはずだもの。わたしはわたしを、あなたと区別する必要があるのよ。わたしはあなたに侵略され、屈服させられ、あなたを埋め込まれているからだわ。これは屈辱であるけれど、おそらくあなたにとってもあなたの汚点、あなたの盲信――。あなたが愛しているのはそのことなのかもしれないのよ。(吐息が溶ける)

連載【第007回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: breath melts 1

 breath melts 1
――わたしが囚われているのではないことを、あなたは示すことができるのだろうか、それともわたし自身が……。

 わたしを一方的に支配する意図はなくても、支配していることには変わりはないし、もちろんわたしを愛さねばならないという気持ちも、さらにわたしによってあなたが救済されるかもしれないという期待も感じられるわ。でも、それこそあなたの瞞着、傲慢さ、掴みどころのない循環。
 あなたの表層はときとして硬くわたしの内側に訪れる。また、いつのまにかやわらかく弛緩する。この硬直は支配を認めさせること、この溶融は憐れみと後悔――。けれども、わたしの満たされぬ時間の中では、どれがわたしとあなたとのつながりの本当の姿なのかを、わたしもあなたも見出すことはできない。
 わたしはわたしの内側から内側へという二重の外側へくるみだされ、その猥雑に絡んだ襞をたどり、さらにその底にある深い磁場へともぐり込んでいく。二重螺旋への下降、永遠の。そして、ここでまた問題にぶつかってしまう。けれども、それは何かを生み出すための二重性ということなのか、あるいは生み出されるわたし自身への下降ということなのか。いずれにしてもわたしから発している問題に遭遇しているということではなく、あなたが提示した答えに囚われているということになるのだわ。
 わたしはそのようなわたしをどのように抑圧すべきか、そうすることでこれから生み出すすべてを許すことができるかどうか、憎むことができるかどうか、またそのようなわたしがそれにもましてあなたを要請していることも、またあなたがわたしに期待するすべての事柄をわたしも期待していることにゆき当たってしまっている。あなたはわたしの内側をいっそう慈しみ、わたしはあなたへの期待を慈しむ。(つづく)

連載【第006回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: pain speed

 pain speed
 私にとって最も遠いところから、その痛みは伝わってきたのかもしれない。それとも、その距離は、痛み自体がもたらしているのかもしれない。支えるものが稀薄になれば、それだけ速さはいやましてくる。支えるものとその意識が私自身から離れていくときに、痛みの速度は直接的な物質性を私に示してくる。それは、まるで痛みがつねに隣接しているように、私そのものに侵襲してくる。べったりと貼りつき、その接触面から貫通してくるのである。

――わたしはわたしの中の生きものたちのことをつねに意識していて、ともすると、いくつかの別々のかたまりの形でわたしの方に寄り添ってくるのを感じることがあるの。それはまぎれもなく複数の、別々の意識の重なりとでもいえるし、もっと具体的な、透明な膜の向こうに蠢く生命活動の原初の連なりとでもいう実感がするのよ。

 女性の意識の中にある、母性を感じる特有のインスピレーションと関連しているのではなく、ひたすら愛おしくなつかしい匂いを伴いながら、自らを衝き動かさざるをえない、ある種、連動する他人たちの気配、ふるまい。

 でも、あなたの方に向かうときは、あなたのたったひとつの側面を頼りにただつながっているにすぎないのかもしれない。そして、そのようなわたしが、あなたにとってはわたしたちが、無数にその側面を埋めているに違いないのよ。わたしのこの疼きが一定の充足感を伴い、そのようにしてわたしの存在を示すことにつながっているのだわ。
 そうよ、わたしのこの欠落する意識が、あるいは充実する意識が、ときには痛みとなり、ときには痙攣となり、ときには甘い麻薬となって、あなたに浸透していく……。

 神経細胞のつらなりを流れる電気信号と痙攣。その痛みが細胞体の不安なのかもしれない。秒速百メートルに達する速度を持つ、その予期しない叛乱。再生できるのかできないのか。変性による死への予兆が神経線維の端から端まで伝播する。
 私を覚醒させた痙攣が示すものは、こうした肉体の叛乱とでもいいうるものなのかもしれない。それは、まず前駆的にふくらはぎの外側にある筋に硬質の痛みを現し、たとえそのとき眠りにあるとしても、波打つ痙攣の予感を持続させていく。(痛みの速度)