作成者別アーカイブ: 紙田 彰

寄稿: 佐藤裕子「帰還 IV」

帰還 IV 佐藤裕子

松林が一方向へ靡く海底から掬った漂砂に噛まれる船を曳く
手擦れた鞄結んだ紐千切れ破れ声声も無く文番号飴色の手帖
いつの間にか現れては消える夜光虫濡れた胴衣で光るランプ
水を逃れた行き止まり境界の岸辺炎熱に追われた行き止まり
漁師たちの言葉通り変わる風は巡査が指したサーベルの方角
中身を振り切り握力で歪んだガラス壜が擦れた罫線を転がる
金無垢が歪む荒々しい指は瞼を開き数多の瞳をひとつにした
街は一目で皮膚が粟立つ違和を緑地帯と云う空き地に備える
水を巡らし飲み尽くされようと傾く樹幹腕を伸べる人の姿形
憶えているのかギロチン窓は暮れ始め視野へ室内を引き渡す
遠い処から戻り眼に入る光が独白する今日は昨日の明日だと
一旦は結実した羽毛の闇が雲の形を目印に行動半径内で迷う
後先を読む臆病な生き物が手で受けた罰斑点を残す朱夏の鞭

(2016.4.16)

寄稿: 佐藤裕子「帰還 III」

帰還 III 佐藤裕子

撫子一輪を添え朝霧が取り出す楽器は目覚めを遅らせる曲線
季違いの花と花を掛け合わせ奏でる調べ鳥瞰で捕らえた彩り
秤が違えば呼称も値も異なる貢物は過分な寓意を喜色に窺う
花粉に塗れた蘂を数え新たな眩暈を鼻腔に科する庭園の石女
情緒不安定な主人から学んだ読心術は悉く使役と化した守護
手前で裏切る予感を乞う不信は陰の性二重の自虐を弄ぶ紐帯
石を積み背を伸ばし天辺目掛け石を落とす南方の鳥の高笑い
感応は遠目にも音波を吸い熱帯植物園のドームを叩く狂い耳
趣向を変え見せ方に長けると露悪も徒労も純度に他ならない
日没前大樹の影が透かす埋葬囚われの庭であることを教える
戸惑いは怯えを含み見合わず歩調は簡素な音で暗黙を満たす
聳え立つ十六夜に望郷を錯覚させる星状花の貞淑な起居振舞
悲劇であれば長袖は禁物腕を上げ青褪め浮いた道筋を鎮める

(2016.4.16)

Work: et cetera I, ballpoint pen & pencil

雑体:020160416 : 「擬宇宙論」から(1)

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「擬宇宙論」から(1)

破片(フラグメント)を露はにし異なつた位相を暗示せよ

量子(クァンタム)がおのれをカウントするやうに

○偶発性が実在の叫びを宇宙に轟かす

○緊縛された次元が別の形態空間に移行する

○物質がおのずから別の状態、宇宙相に変化する

○次元はそも理想化されたるスケールなり

○物質中に突如生まれた空間が裂け相転移する
 曲率をもつ次元が飛び出して

○ちぎれさうなひもエネルギーの強靭

○単一物質が同時に異なる位置に存在してをる

○極小は光とひもの波打ちて
 極大のユニバースはその状態の大変化なり

○全振動が解放衝動とキャンバス上で出遭つてしまつた

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寄稿: 佐藤裕子「帰還 II」

帰還 II 佐藤裕子

肉腫であろうと火脹れであろうと張り詰め受容ごと未生の時
星の群生を目撃した日から皮膚は滑らかに胞衣の役割を負う
熟れた水面の闇では足りず覗き込んだ人影さえ覆いに借りる
目は指よりも正確に触る伏せた目蓋を象る繭の無慈悲な官能
詩人は潰え幾世紀呪詛が贈る海は生暖かく密着し眼底を研ぐ
沈む魚の疲労も髪を結い髪を解く女も視覚から生まれる感触
獄の捕囚は水溶性で鋼の爪は発火せず星屑に変わる鉱物麟粉
望みが水葬ならば碇を焼き切る寝返りで摩天楼の舫いを解く
彼方まで毒を及ぼす詩篇の不死焚書と火刑の熱狂を引き摺り
あろう筈が無くても血文字或いは誰の声も求めない水の静謐
帳が謗る怠惰を知らず晩鐘は敷き終えた油膜へ紅薔薇を暈す
書物は扉を開き嗅覚を携え四肢の先端は視界を開くことばは
槌を振り痙攣へ没した風を水盤から放つ軀を連れて夢を出る

(2016.4.16)