作成者別アーカイブ: 紙田 彰

連詩 迷い未知 三

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 三 光の玉についてのトーク

おはよう!
おかあさんが亡くなってしばらくして、わたしの誕生日にわたしも同じもの見たよ。おかあさんだね。

朝から、現実にありえない物質の意志と光が生きているんだ。
私は、そのようなあの世があると思う、しかない。

覚醒した状態で見ているからね。
こんな、明確なのは初めてだ。

今夜になってもその物質は現れた。光の玉。
この世とのわかれではない、私とのわかれではない。いつでも会えるということ。

そうなんだ。おかあさんは、おとうさんのそばにいるよってことだね。

でも、光は分割できるから、どこにでも行けるようだ。
自由に好きなところに行けると。

遍在ということだね。同時に。

わたしのところにも来てくれるといいな!

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連詩 迷い未知 二

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 二

重なった記憶はあまりに乾涸びて、欲望に充たされるかどうか。

ああ。夢の中でさえ、俗事に囚われてしまった。覚醒した状態で見ているはずなのに。

こんな明確なのは初めてだ。

あ、この話を鏡子と電話アプリでトークをしていると、光の玉が左目の端に顔を出した。

あのころから、わたしは心からテロリストになることを夢見ていた。

こんな当たり障りのない告白

もっとも小さなものこそ世界の入り口だとささやくと、瞳を光のかたまりにして、きみはぼくの眼の中に宿り始めた。そうだったね。

現実にないものが小さないくつかの光になって、目のまわりを三十分くらい回っていた。

シャボン玉のような泡が眼の端からこぼれて、金色の球体となって浮かぶ。

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連詩 迷い未知 一

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 一

しかし、これらは文明と深く関係している。幽霊のことだ。

またこれは貨幣概念とも近似している。
実体のない世界を支える乱雑さ、破廉恥な猿回し。

そうだ、回帰することで増殖できない。イササカイヤサカ。それらを通って全体への旅であることにまちがいはないのか。

眼を通って認識するしかない。
世界構造というものを、繰り返し構築しているばかり。ネストはあらゆる次元に包囲された特異点。

一昨日の夜、大きい光の玉と中小の無数の光の玉が左右の目の端からかわるがわる現れ、三、四十分ほど、頭のまわりをぐるぐるまわっていた。

地球、海底、月の石
大小、無意味、ごろごろと

僕は世界を認めない夢遊者だけど

これに時間要素が加わる。つまり眼という皮膜に時間が影を落とすと、眼球は歴史観という比較因子をうらうらうらと、裏ぎりぎりと。

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覚醒

夢。
その夜、病室のカーテンに幼児の姿をした天使が数体浮かび上がっていた。
翌日の真夜中、寝ながら左の腎臓に手を当てていると、いきなりそのあたりが熱を持ち、しばらく熱い固まりになっていた。これは病が昂じたのか回復したものかと、考えが迷った。
そのうち隣のベッドからか自分のいる空間からなのか、ラジオから漏れるような音楽が、荘厳な交響楽が、横たわる自分の体を静かに包み始めた。
これはまるで、病死したワイフがその前日に言い残したことと同じ話ではないか。
私は自分が生と死の境を目前にしていると感じたが、そのいずれなのか判断できなかった。私は神を信じてはいないと、くり返し誓った。

添い寝する妻

 私は先日、「私と妻の長い闘病の暮らしが思い出されることにいたたまれなかったのだ。」と記した。
 しかし、よく考えてみると、その暮らしこそ愛の暮らしそのもので、思い出の中には彼女がいつも生きている。思い出には生きているふたりの愛が満ちているのだ。
 つまり、苦しむべき思い出などではなく、いつでも私を迎え入れてくれる、幸せの微笑みで抱いてくれる場所なのだ。闘病のときを振り返ることで、生きているふたりの決して消すことのできない愛が実在していたという歓びに触れることができるのだ。
 死んでからの思い出は心を鎮めるために、ふたりのことを検証していくのであるが、そのことはふたりのつながりを別の世界との距離へと導いていくものである。
 わたしは、そのことを眠りに陥る刹那に、添い寝する妻の温もりの記憶とともに知ったような気がした。