作成者別アーカイブ: 紙田 彰

不眠の森――「dance obscura(仮)」へ

1 2 3 4 5 6 7

不眠の森――「dance obscura(仮)」の一章に用意された散文詩

 その森に迷い込んだときに、ある種の体系に毒された執拗な夢が送られてきた。それは、攻撃といってもいいかもしれない。その夢は、たしかに脳髄と神経システムの根幹を支配するDNA生命体がつくりだしたものである。

 飛膜のある翼を広げた男は、すでに死んでいるという噂はあった。それが数千匹の中の一匹なのか、森に住む数千匹の動物が一匹なのかは定かではない。
 数カ月前には、蝙蝠は死んでいるという予感もしていたが、確証を得る方法がなかったので、あてにならない郵便物や電話などを繰り返し送っていたのだが、やはりさまざまの不通の証拠が示されたに過ぎなかった。
 ダリあるいはサディと呼ばれるそのオオコウモリは、突然夜中にやってきて、どのような事情なのか、死亡日時も明かさずに、画家の名にちなんだ非日常的な音のない声を鳴らしていたのだ。もちろん、ばらまいていたのはそればかりでない。夢を作り出す夢の細胞とか、夢の核心である夢のDNAといったものなどである。死と死にまつわる闘いの秘密にも触れながら。

1 2 3 4 5 6 7

寄稿: 佐藤裕子「ティールームで」

ティールームで 佐藤裕子

根の息は繊細で聡い否定すれば罰を受ける身に付けた心得
 化粧の落ちた変装が隠す患いを解こうとする嫌な癖
憐憫を誘わない為にも背筋を伸ばし日課とする爪の手入れ
 丁寧に丁寧に一つひとつが理無闇に侮れない言い訳
適度な隙は潤滑油を流し電流を送り空調を整えるオフオン
 縁側を駆けた学帽再び訪れるミシンのセールスマン
メビウスの回廊はいつ何処の物とも知れない仕合せ尽くめ
 冷笑も懐疑も煮詰め茶を出す頃客はなく雑草の花畑
手続きを踏み遠隔操作に一役買う華やぐ笑み瞳は宙に据え
 濡れた割烹着は空中の余白を奪い取り病的に浮かれ
警備が始終通せんぼう包みを嗅ぎ袱紗の中身をねだる真似
 電車通りのパーラーは味が落ちたし内装も見せ掛け
襟を正し昨日と云う夥しい頁から抜き出す昨日の正確さで
 けれどあなたは上の学校へ行きそこで空襲に遭って
セメント漬けのことばはお代わりを勧めるやはり苦し紛れ

(2017.3.25)

寄稿: 佐藤裕子「ゆくりなく」

ゆくりなく 佐藤裕子

古い行李で棘を刺す四季の半襟帯締め端切れで拵えた巾着
 鎖を掛け金モールで縛りチェコ硝子の首飾りを巻く
風呂敷に染め抜いた呉服屋の屋号と局番のない三桁の番号
 紫水晶の数珠に通し剣も鎌もない時は十字架を置く
俯き加減で祈る少女は絵物語の挿絵爪を立てて糊を剥がす
 浮き彫りが擦れたイエス様は心成しか微笑を下さる
袋の中に袋袋嵩のわりに軽いのも道理大切な物小さな秘密
 罪のない想いだった思い詰めると憧れ出る魔を知る
ゆらゆら陽炎に浮くアメジストロザリオを切る算盤ビーズ
 透けたハンカチに寝かせ羅紗紙と重ねた油紙で包む
空行のある日差しへ反射を投げて束の間の自転で摩滅する
 封筒を作り納める風呂敷は固く結び箪笥の底へ隠す
縫い取りを読ませることなく頭文字は捩れ煙になるローン
 増え続ける影を鏡に挟んだもう生成とならないよう
腐蝕した金属は生き物の臭い枷が掛かった真黒い鏡が二つ

(2017.3.25)

寄稿: 佐藤裕子「十六夜」

十六夜 佐藤裕子

見納めになる岬の塔も鏡の水場も初めて眺めたものばかり
 他人の地所を通ることなく行列は隣国へと動き出し
一度出たら二度と入れぬ門前でまだ足踏みする供の者たち
 日に数センチの布を織る織り子は何代お針子は不眠
今日を待って道は敷かれ山の斜面へ海の際まで広がった町
 経緯は端本となり求める度に違う記述を説く信憑性
糸も乱れぬ儀式の厳しきと緊張は中程から緩み祭の賑わい
 いつの間にか住みついて自らを失踪者と呼ぶ人人に
道すがら加わる足弱は手を引かれ遅れた幼児は背中で寝息
 調子外れの輪唱が届くと五線を整える道化の無言劇
頂に着いた頃被り物を取る女たちは血縁を思わせる面差し
 真珠を喉に含みましたと言う素振りで静かな微笑み
兆なく暮れた帳の向こう朝を呼び夜を呼ぶ早回しの手招き
 満ちた月を合図に長蛇の列は一日を掛けた将棋倒し
避難だったか輿入れだったか戴冠した嬰児独りが越す国境

(2017.3.25)

寄稿: 佐藤裕子「アンテナ」

アンテナ 佐藤裕子

背信ではなく前進迷いは裏切り命取り絶望に手を貸す怠惰
 訳知り顔でときめきは不穏の兆候と謗る大袈裟な舌
立ち止まると胸中を読まれる敵と見做し反応するセンサー
 何か言いたげに俯いたきり一方にしか傾かない天秤
馴れる物は倦怠きえセンチメンタル懐かぬ物は観賞品備品
 換算した紙幣の枚数は常に台無しになる誠とは裏腹
辛うじてバリアの外へと矢印を向ける箇条書きはさかしま
 足音を隠す密告者は聴力を理由に空返事まで正当化
誰よりも知らない事を知っている名脇役の怪しさ信心深さ
 母を捨て父を捨て子を捨てる夫はとうの昔に捨てた
屋根裏部屋で傍受した信号は唯一つ何千何百枚の反古の谺
 油の凪に嵐の前の嵐嵐に乗じ激しく振れるアンテナ
壊滅状態ではない限りバスは出ると宣言した予約センター
 朝方から続く吹雪で高速道路は一部通行止めの沙汰
裸眼は走る直線で飛ぶ都市は出航間際の連絡船迄まっさら

(2017.3.25)