カテゴリー別アーカイブ: 見夢録

見夢録: 2008年08月04日 見夢録について

fragment1_01
以前の作物に「見夢録」という散文詩があるが、発句が「マミ夢メモ」で始まるもので、一部に激越なる詩集と目されていたらしい拙著『魔の満月』に所収せられている。この作品は実際に幾晩かの夢をメモしたものが材料となっている。当時は、散文詩を一行の詩と見立て、詩句を一センテンスとなし、これにアクシデントを凝結させるという試みに熱中していた。つまり、事件そのものを一箇の物質として見ていたわけである。
夢は事件と記憶とを断片化し紡ぎだし、あらたな事件を生みだすようであるが、ある種、眩惑的な光芒を湛えている。現実の事件もつまるところ人間の思考の物質化であるならば、この夢との境界はあるかなきかのかすかな光暈を帯びているに違いない。ここに、夢と事件はともにアクシデンタルな物質の眩惑となるのである。
この境界不可分の事件は物質の眩惑として、そもそも詩句そのものであるとして、詩的実験の試材となしたわけである。とするならば、この事件のつらなりは物質の構造として存在するわけで、この構造のパッチワークこそ、擬物語としての散文詩と詩人との激突する夢の現場という当時の設定である。
もっとも、このような仕事を贅を凝らした言葉遊びと見る向きもあったようだが、生死をいとわぬ実験は遊び心を伴うのが常で、そのようなつまらぬことどもとはおのずから一線を画している。当時から、意味と交換価値の絶対視からするコミュニケーションをむやみに金科玉条にする現実功利主義者とは雲泥どころか月とスッポンの違いはあったものと断じてはばからない。
さて、このような話はきりがないのでここで措くとして、じつに三十年余の後をへてこの「見夢録」を改めて題に起こして筆をとることにしたのは、私事ではあるが、近年の宇宙論的思考実験とそのプロセスともいえる絵画衝動とが自分にとっていかなることなのかを見定めたいという、じつに年齢的な要請とでもいいうるものである。
日録風に書きつらねてみるのに適当らしきこの題名をすでに三十余年前に用意しておいたとは、我ながらにして、準備のよさに舌を巻くしだい。ただ、今回の「見夢録」が長続きもせず、夢のまた夢がまたしても烟と化さねばよいのだがと願うものだが、さて。(初日記す)

見夢録: 2008年11月26日 ライフプラン

fragment1_10
 病院の待合ロビーで思いついて書きとめたことがあるので、まとめておく。
 それはいくつかのことであって、この見夢録をこのようなライフプランとしても利用できるのではないかという腹づもりもある。
 ひとつは、短篇集の構想である。これまでデジタルで公開しているいくつかの文章があるが、読み物としても受け取られているようなので、その観点からひとつところにまとめておくのも一興かもしれない。
 次に、ライフワークともいうべき長篇作品「自由とは何か」の今後の計画。現在中断している連載小説であるが、美術の作業、宇宙論などの思考作業を通じて、自分が何をしようとしているのかがようやく見えてきたためかもしれない。ライフワークと書いたが、どうもそれが本当になるかもしれぬ。また、ここでそのことを宣することも自らを叱咤することになるに違いない。
 第1部 人体。細胞から肉体部位、脳、多人格までのレベル。現在発表しているものに加筆する。
 第2部 社会、国家、人類。
 第3部 量子的レベル。
 第4部 DNAという権力構造。
 第5部 宇宙論的レベル。
 第6部 多次元、存在。
 第7部 思考と夢。始まりと終わり。
 こうして並べると、いかにも不可能な著作に思えて仕方がないが、これまでの絵を描くことをはじめ、多岐にわたっている自分の人生における事象をここに統べることができそうで、わくわくした気持ちでいることも事実である。もちろん、物語や読み物というよりも「説」としての思考作品、書くことによる行為としての思考の芸術化というようなものになるはずだ。また、こうした階層化されたテーマは自由と抑圧についての視点からのものであることは一目瞭然であろう。完遂の可否はともかく、多重化された構造、多軸の階層構造について展開していくつもりだ。
 さらに、この見夢録の下に時事めいた状況発言の個別テーマにも挑戦してみたい。日々、沸々としているテーマを思いつくままに列記する。
・デジタルテレビ化という強制に抗して、いっそテレビ文化を終焉させることまで展開できないか。
・権力に与しないという反国家の立場から裁判員制度の強制とどう闘うか。
・他のすべての税金を廃して、消費税のみによる完全社会保障システム。
・自給自足だけを実現した「貧困社会」こそ末期資本主義から自立する道となるかもしれない。
・団塊の世代を軸にした、老齢者、ワーキングプア、ホームレスによる新農本主義的運動。
・幼児化と右傾化、ファシズム。
・憲法、天皇制、権力に対するアナーキズム的発想と立場。
 以前からこれらについて論じたいと考えていたが、そろそろ手を出してみようかという次第である。もちろん、自分だけの作業であるので、他人からどうのこうのと言われようが臆することなどありえようもないし、あらゆる外圧なども屁とも思わぬ気概はある。なにせ、老残こそ言いたい放題が可能であり、死をも恐れざるべしの意気地は持つことができるはずである。
 以上、まさに見夢録なるべし。

見夢録: 2011年11月16日 展示会の紹介

私のホームページに以下の紹介をしたので、ここに記録しておく。

○11月16日: 今日はなかなか素晴らしい展示を体験できたので、ぜひ、ご紹介したい。
●その1 田鶴浜洋一郎展 2011.11.14-11.22(日曜休) みゆき画廊/銀座6-4-4 銀座第二東芝ビル2F 03-3571-1771
 田鶴浜さんは、私が土方巽さんと会っていたころに刊行した詩誌「緑字生ズ」5号の巻頭に特集した、土方さん第一の弟子である芦川羊子さんの舞踏の写真を撮影した人で、現代日本画のアーティストである。今回の展示はM100号20枚を一挙に画廊の四面に繞らし、水分を含んだ空間いわば地球の大気と海を混交させて呑み込んだ、モノクロームの、動的で静謐な大作品である。そして、私が感心したのは、それらが情緒的な(つまり意識・意識下の精神のような)レベルとは異なって、より根源的な「思考」と結びついているように思えたからである。このような質の展示はなかなか体験できないので、ぜひ諸氏にお勧めするしだい。
●その2 池田龍雄「遊びの空間」 2011.11.12-12.11(600円・月曜休) ギャラリーTOM/渋谷区松濤2-11-1 03-3467-8102 www.gallerytom.co.jp
 日本を代表する前衛アーティストの池田さんのオブジェを中心とした小品展。並みのシュールレアリストならば意識下の精神の解放を表現すれば済むのだが、この御仁、この肉体の抑圧のレベルにとどまらず、もっと別の次元への思考アンテナが躍動している。今回のオブジェ展は量子コンピューターを思わせる物質と感覚の不思議な出会いに満ちている。動きの根元にあるのはあるいは男女のペアであり、あるいは粒子反粒子のペアであり、つまるところは物理学的な対称性を思わせる思考なのである。

というアクシデンタルな具合で、一日にしてこの素晴らしい展示に遭遇できたことで、震災以来の描けない描けない病から抜け出られそうである。

また、池田氏に、次のような前書きを付けて手紙を送付した。
「ご案内いただいたギャラリーTOMでの作品展を体験しました。どうもありがとうございました。
今回はダイレクトに池田さんの宇宙論を垣間見ることができて、とても興味深いものでした。
早速帰宅して、展示についての紹介を私のWEBサイトに載せました。
銀座での田鶴浜洋一郎さんの展示の紹介もあります。」
これについて、池田さんから、折り返し葉書が来たので、その抜粋もここに転載しておく。

たしかに、あなたの慧眼によって見透されたとおり、ぼくの作品、描いたり、箱に入れたりしている作品――例えば、男と女、メスとオス、陰と陽などが対になっているような作品の下には、「相反するものは相補う」という、ニールス・ボーアのあの「相補論」が、しばしば踞っています。
世界が動いている、世界を動かしているエネルギーは、当然、そういう相互作用によって成り立っているはずだと考えられるからで、それは、ぼくの世界観でもあります。同じく、それはまた、ぼくの芸術観でもあるわけです。(池田龍雄)

見夢録: 2013年03月 只石善士さんの遺骨のこと

○昨年晩秋に北見市、帯広市を旅し、若いときからの友人で永年演劇活動を続けていた故只石善士氏の遺骨を納めた真宗大谷派帯広別院に訪うたときの写真を、追悼文に掲げた。日本の前衛アートを共に闘ってきたこの同志への追悼文は「動的作品行為」ページに登録してあります。
このブログ内では飛翔する肉体(追悼)――演出家・只石善士にに再録。

見夢録: 2013年04月16日 加藤郁乎氏のこと

少し前、昔いささか交流のあった俳人・加藤郁乎氏が物故されていたことを知ることを得た。ずっと前に「詩学」に寄稿した氏へのオマージュを、あらためて「動的作品行為」ページの先頭に掲げ、かの人の偉業を偲ぶこととする。

文献等に収録されているかどうかは不明だが、次の数句が私宛のハガキなどに記されていた。何かに資することもあるかもしれないので、ここに記す。

○年立つや一二三四五六七 郁乎
○世にふるハ不益流行なゝへんげ
○ふところに江戸切絵図や柳散る(柳は異体字)
○葦原の中ツ国たり初気色 郁乎
○米こぼす日本および日本人 郁乎
○ひるがほの北鎌倉ハ北枕
○年酒につきゆきはなや老措大 郁山人
昭和59-64年 旧字旧かな
合掌

見夢録: 2013年09月25日 「阿吽」第9号のことなど

○詩人・金石稔氏から注目の季刊詩誌「阿吽」第9号が届きました。今号も大冊、23人の詩人・小説家・翻訳家・画家が集まっています。個人でこれだけの雑誌を刊行し続ける力量に感服しています。作品の質・内容もますます高まりをみせています。私は油絵と短篇で参加していますが、今号には故・夏際敏生さんの遺稿詩集「ヘルクレス座球状星団ホット・ライン」の掲載が実現しました。ブログ、同誌発行先は以下の通り。(定価1000円)

http://blogs.yahoo.co.jp/shty2jpjp/MYBLOG/yblog.html
現代詩塾 「阿吽塾」塾報「阿吽通信」 ブログ

kyuya@ksf.biglobe.ne.jp
E-mail: 阿吽塾塾長 綾子玖哉

○下記の記事の続きなれど、昨年旅行用に入手したタブレット端末Nexus 7にEvernoteというアプリを仕込んで、自宅ネットワークと同期させている。これまではLotus Notesなどでさまざまのテキストデータベースを蓄積していたのだが、このアプリを利用するシステムで個人用にはやりたいことがほぼ実現できるようだ。これまで、自宅ネットワーク管理とかデータベース管理を開発会社並みにやろうとしていた苦労からようやく脱却できるのではないかと考えている。何のためにこれまでこだわっていたのか知らないが、果てしのない物語を終えることができるかもしれない。サーバーが朽ちれば、もう購入なんかしないぞ!!

○近ごろ、先々のことに思いをいたして、積年の願望であった生地・洛陽旅行を実現した。最初というのも妙だが、最初にして最後、ふたたび彼の地を踏むこともない。若き父と母に抱かれて、逍遙したに違いない古い街を、そのときたしかにとても懐かしく夢想していた。

見夢録: 2013年10月03日 身も心も消滅してしまうような

しばらく、いろいろあってサイトを開店休業の状態にしてあったのだが、あまりほうっておくと身も心も消滅してしまうような気もして、というよりやれることはやっておかなければという気持ちになった。しかし、何でもやれるわけではないので、「動的作品行為」のページでだけでも新作を公開していくことにした。もう、かまえている時間もないしなあ。

見夢録: 2013年10月04日 牙を剥く?

○さっそく連日の作品追加。「動的作品行為」に公開した。しかし、旅行したり、入院したりするようになると、やはりタブレットから簡便に作品を登録したいものだ。
それで、現在のこのレンタルサイトにはWordPressというブログシステムが付いているので、これを利用しようかと、昨晩からいろいろ試している。いまさら、他人の作ったシステムを使うのかとも思うが、WEBプログラムも多様化しているのでもうこだわることもあるまい。
そういえば、Wimax 2+とかiijmioのプリペイドsimとか、東日本・光フレッツのポータブルのレンタルルーター(西日本ではLTE対応だが)など、モバイルでもいろいろ廉価・高速競争が加速している。ただ、パケット量の上限設定はナンセンスだ。仕事と生活、移動が日常になるからだ。つまり、世界と地域といわばトイレ空間が混在するということ。
ところで、この一年で国外のプリペイドsimは何種類集まっただろうか。香港聯通のsimは洛陽、上海を移動したときに接続できなかったり、問題はあるなあ。中国の権力的なネット管理システムの問題のようだが。
で、つまるところ、どこにいても原稿を集積できるように、ブログを利用しようと思うのです。なんてったって簡単だからね。Googleドライブとか、Evernoteなんかのクラウドも同様に便利なことはたしか。
著作権だとか、個人情報だとか、そんなものはアメリカ国家の強欲スパイシステム網の前では丸裸なのだから、この程度の情報の秘匿などは現実的にアホらしい。なんで、こんなネットワークになったのかとも思う。
監視カメラ、盗聴、誘導、人身売買、臓器移植、すでにこれらに馴致させられている人民たちよ、というわけだ。ほんとの秘密は脳みその中から出さないことさ、くだらないフィルタリング解析に読み取られないように、今にみていろ、と。

見夢録: 2013年10月06日 ブログ書斎開設の弁

緑字斎の原稿――ブログの公開

書斎を開設しました。
旅行していても、入院していても、タブレット端末で自宅PCと連動して原稿が出来上がる。さまざまのクラウドシステムを利用することで、推 敲もできるし、さっと公開もできる。複数の原稿を同時多発的に手をつけることも可能だ。頭を切り替えながら、筆は進む。創作意欲というものは、あふれてく るときがあるのだ。

ここで、作品原稿を作成、編集、公開していきます。いわば、現場。頭脳の。
基本的に、コメントには返答しないでしょう。
もちろん、勝手に削除したり、出入り禁止にもします。
なんといっても、私の書斎なのですから。

正確にいうと、ここは緑字斎の書斎机です。というより、緑字斎と一体化したデジタル原稿用紙です。世界中、どこにいても原稿を作成するための原稿用紙です。ただし、死ねば消滅するでしょう。生きていても、ゆ~らゆ~らかな。

見夢録: 2013年10月07日 Blog書斎について

私のWEBサイトはNTTのレンタルサーバーに存在している。
サイトのほかに、WordPressというブログシステムが付帯しているのだが、自己開発のプログラムでは管理が面倒なので、このブログに順次移行しようと考えている。タブレットを使い出したことも影響しているのだが。
要するに、自宅PCや旅行先のタブレットを、自由に使えるノートのような感じで、NTTのサーバーや、Googleのクラウドサーバーや Evernoteのサーバーなどを利用して、どこからでも、自由な形態で、ひとつの作品に複数の端末を集中させたり、それらを公開できるのだ。
これを、仮想的なノート、書斎といっている。パソコンの前で長時間入力するのはとてもハードだが、寝ながらタブレット端末で入力したり、旅先でウイス キー片手に推敲したり、カフェで素材メモを取ったり、作品を公開したり、自由自在。
ネットワークの中に囚われているように見えても、じつは自分の頭の中に原稿用紙とペンがある。囚われない肉体と自由な頭脳。
この数日、作品をこのような感じで書いているが、素材のアレンジも簡単で、古い書き溜めの素材を解体したりして、まるでコンセプトの異なる原稿を書き上げてもみた。どんなものかなあ、と。
しかし、けっこう、加工する作業は捗るし、造形的な面白さもある。なにか、ためていたものが、あふれてくるような気もしている。
また、最近、金石稔さんとのメールのやりとりで、あまり構えずに文章を書くことで、肩の凝りがほぐれたのかもしれない。
年齢的にも怖いものなし、警戒などしないでやりたいことはやる、という気持ちになっているせいなのかも。

旅行していても、入院しても、タブレット端末で自宅PCと連動して原稿が出来上がる。さまざまのクラウドシステムを利用することで、空間的、時間的な、多角的な推敲もできるし、さっと公開もできる。複数の原稿を同時多発的に手をつけることも可能だ。頭をころころ切り替えながらも、筆はかろやかだ。創作意欲というものが、こんなにあふれてくるときがあるのだ。
以前、絵を描き始めたとき、夢遊病者のように四六時中描きっぱなしだった、あの熱情、あるいは執拗さが再現しているのかもしれない。
ちょっと興奮しているのかもしれないけれど。

そんな具合で、おかしくならなければいいのだが、と。

見夢録: 2013年10月13日 詩が書けるような

このところ、仕事の手が少し空いたので、作品制作に没頭している。
ブログの構築なども作業の円滑を図るためのものである(こちらに傾いてしまうときも)。
また、制作の裏側で、これまで書き溜めてきた文書を断片の類まで集めて抽出し、「詩語・句素材辞典」のようなものを作っている。この辞典は、テキストの解体と語句の解体によって、意味と価値を剥ぎ取る作業でもある。
私は1980年代の後半から詩と離れていたが、最近になって急に詩が書けるようになった。そのへんのことは、以前の日録に記した。
改めて考えてみると、作品制作の環境、つまり原稿、文房具、机、書棚、書斎、さらに日常と非日常、国境、空間と時間などとのかかわり全体において、制作システムが激変したことが大いに関係しているようだ。ネットワーク接続、さまざまの端末の形態、ソフトウェア、さらに移動環境のことである。
先の辞典は、PCと関係してから30年の間に蓄積した私的テキストデータを基にしている。もちろん、私自身で書き記し、タイピングしたものである。だから、たんなる引用とは異なっている。
そのあたりのことは、おいおい述べるつもりだが、なによりも自分の脳みそから生まれたことばの素材を大量に仕込み、これらを再構成、解体、再構成といくども繰り返すことで、まったく別個の新しい作品が生ずるというわけだ。
この辞典制作があるまとまりとなれば、そこで作品を生み出すことができる。そうしないと、作品は死ぬまでできないだろうし。まとまりを細かくすれば、日常的に作品は生まれる。と、そういうことだ。
このような次第でブログは使われ、公開されるので、たつきに追われぬかぎり休止することはないだろう、と思いたい!?

メモ:
思考の内にすべてが包まれ、その外に事物はない
思考と情報粒子、その量子的なイメージ
ブラックホールの事象地平、その重力斜面に貼りつく情報粒子
量子スピンによる情報とそれらの構造とつながりの発見、つまり思考の再構成
などのこともそのうち、書こうかなと。

見夢録: 2013年10月21日 上海にこもる

急遽思い立って、上海に10日ほどこもるがごとく引きこもろうとするもくろみを、わずか数日でばたばたと取り決め、本日夕方に成田を出立することと相成った。
たつきの仕事の手があいていることと、体調で問題になっている数点の事柄が休止しているようなことになっているので、今のうちだという浅ましき考えが昂じたのかもしれぬ。
そうなると、準備も万端にととのえることとなり、古原稿データを掻き集め、自らを作品製造マシンと化するシステムを無理やりにでも拵えてしまったのであった。
といっても、原稿用紙と文房具に替えてタブレット端末を小脇に抱え、書斎を背負う代わりにネットワークを利用して魯迅墓のある上海に潜みながらも自宅にこもりつづけるというだけのことである。もちろん、版元も出版も無用、ブログで公開するという目先の用途を作ることで、素材集めから原稿作成、推敲プロセスも一挙に構築することになった。純粋創作への純粋欲望とでもいえばそれなりに態になるかもしれない。
けだし、これ、反商業主義、反権力、反国家、いわばグローバルアナーキズムというべき夢想のなせる業なるや。

見夢録: 2013年10月24日 しかし、これしき

上海での作品行為はとりあえず順調に進んでいる。
だいたい昼間の下準備をしてから、夕食で軽くアルコールを嗜んでひと眠りすると、夜中からむくむく起き出して、端末に向かうことになる。
作業の詳細は述べないが、ときどきベッドで眠り、明け方目を覚まし、枕元のNexus 7を開いて、横になりながら推敲を繰り返したり、新たに稿を起こしたりする。
そこまでは至極順調だったのだが、ちょっと調べ物をするなどの段になって、つまり検索などを実行すると、妙なことが生じたのである。これが、少々腹立たしいのである。
当局のサイトへのアクセス管理は一定程度のものだろうくらいは覚悟していたのだが、次第にその程度ではないことを思い知らされた。
もちろん表示不能などの管制ページに誘導されるのはお約束事なのだが、そのうちにお仕着せの中国語の広告ページヘの誘導表示が増殖していくのである。
さらに、検索結果ページが内容の如何にかかわらず、表示されなくなる。これにはストレスが昂じて収まらない。
まるで、こちらを狙い撃ちでもしているのではないかと思わされるのである。
まさか、そこまでのことをしているはずもあるまい。そんな内容のアクセスなどしてもいないのであるし。
ただ、勘ぐれば妙なことがないでもない。
つまらぬことだが、昨日のこと、市内を散策の折、入手したばかりの中国聯通のSIMを、もともと持っていたルーターと、今回直前にNTTからレンタルしたモバイルポータブルのルーターとのスピード比較を兼ねて、差し替えながら使用していたら、途中でタブレットが制御不能に陥ったような具合になったことがあった。画面設定も勝手に変わって、外からコントロールされたような。
ま、そんなことをされる理由もないので、こちらであわてていらぬパネルタッチでもしたものであろう。
それにしても、このため、いささかうんざりして、創作意欲が減退してしまったのだ。しかし、これしき。

見夢録: 2013年10月28日 反政府闘争か

上海にいて、書き込みなど規制されているのでここから。
毎日新聞で「中国:天安門前の事故、死者5人に 日本人含む38人負傷」とでたので、やはり反政府闘争のようだ。
25年前、ここから北京に潜入し、事件の直後を目に焼き付けてきたことを思い出す。
心はあの北京に。

見夢録: 2013年10月29日 鄧小平のとった道

中国という国は、強力な軍事基盤と政治的統制力の上で、経済というおもちゃをもてあそんでいる幼児なのだ。
たしかに、「先富」政策により積み木のような大伽藍は目を瞠るがごとくにそびえたった。だが、「起来」の、底なしの人民の闇、点と線ではない広大な国土と人種、宗教の複雑さを掬い上げることなどとても手に負えないのだ。
そのうえ、激烈な貧富の差、不正、富の独占、西洋的な凄まじい欲望の嵐。このおもちゃは、やはり呪われた道具でもある。「 起来」を果たせず死んだのは犯罪である。
いま中国はこのおもちゃをもてあまし、刹那的な富という飴玉をしゃぶらされたままの嬰児 が、駄々をこねて泣き叫んでいるようなものだ。
そしてふたたび、あまりに巨大な国の、本当に底しれぬ暗黒から、カール・マルクスの予言したあの怪物が蠢きはじめている。
この世界資本主義経済の末期に悪魔のおもちゃに溺れたこの国は、他の国と同じような運命をたどらざるをえない。それは、権力の分断、国土の分割、分裂国家の苦しい道のりのことである。
その先のことを述べるのは、まだ性急にすぎるだろう。とにかく、 鄧小平のとった道は、悪魔にささやかれたあの道であったということだ。

見夢録: 2013年10月31日 上海空港に入った途端

すごいなあ。
上海空港でアクセスした途端、スピードも高速になり、「天安門」などの検索ワードがYahooでしか結果ベージが出なかったのが、どこのアクセスも問題なくなったようだし、ここの管理ページを含め、メールのやりとりまで、いっきょにスムーズになった。
もちろん、同一の中国聯通のSIM、同一のモバイルルーターを使用している。
中国の管理機関は国際空港は治外法権だとでも認めざるをえないのかな。

と思ったけど、Twitterはだめだった。

見夢録: 2013年11月04日 ゴダール、パゾリーニ、フェリーニを材にした詩篇

上海から帰ってから4日になるが、投稿が少し間遠になったようだ。
向こうでの滞在末期に、天安門の例の事件が起こり、なにやら気持ちが落ち着かなくなったこともあるが、当局のネット規制やらが表に出てきて当方のいらいらが昂じていたせいもある。そのため、詩のほうも見夢録のほうも手がつかなかったという次第。
帰国してからは、このブログサーバーのバージョンアップがあって、いくつかの設定ファイルを書き換えていたのでその復旧に手間取ったこともあり、昨日からようやく問題が解決し、ブログも順調に機能している。
それで、昨日夜から詩篇の投稿のための原稿作成を始めたのだが、単純な書き方をしていないのでこれがなかなか時間がかかる。そのことはつまびらかにするつもりはないが、とにかく稿をあげることができた。
内容は説明しないのが詩人のありかたなので、ただ予定としてはこの作品はおそらくあと1、2作の連作になると思う。
そのあと、フェリーニを題材にとるつもりだ。素材稿はすでに準備しているので、そう時間はかからないだろう。
なんだか、ゴダール、パゾリーニ、フェリーニと大天才たちを材にした詩篇を書き続けられるのは、このブログがあったればこそ、でなければ考えもしなかったことを白状しておく。

見夢録: 2013年11月14日

 ここのところ、長篇詩を書き続けていたが、この数日は左メニューが気に食わなくていろいろいじっていた、結局、別に専用の全一覧メニューを作ってお茶を濁すことにした。
 でも、いろいろプログラムの勉強にはなった。もう、先が短いので深入りはしたくないのだが。ふふふ。
 さて、とにかく、目的の形になってきたので、これまでのサイトから作品を移動がてら整理もすることにした。
 もちろん、新作の制作もおろそかにするつもりはない。
 これまでのサイトは前世紀からの自作だが、外からタブレット端末で更新するなどを考えていなかったので、いろいろな「書くタイミング」に対応していない。自宅のパソコンで書いて、自宅のシステムから公開するなどの、非実用的なものだったので、気分も盛り上がらなかった。
 また、ハード、ソフトの技術的な問題のメンテナンスにかなり追われて、もういやになっていたのが本音。
 これからは、作品行為だけに力を絞っていけると思う。
 自分のためだけにやることなのだが、見守っていただけるとやはり力は倍加する。

見夢録: 2013年11月24日 twitterでの発言について(1)

ブログ開設と同時に、twitterを始めてみたのだが、つぶやきっぱなしというのもなんなので、少しは説明を加えながらいろいろ考えてみたい。

その前に、twitterというものについて。
いまさらなのだが。この30年弱、当方はネットワークの可能性についてある種の期待を持ってきたのだが、だがそれは、たしかにアメリカ国家の権力システムの伝播と世界経済の要請によって、抑圧的、管理的なものになってしまっている。
もともと、そのような世界の抑圧に対峙する可能性を、その最底辺つまり個人レベルで獲得できるのではないかという期待を、初期のネットワーカーは抱いていたに違いない。もちろん、いまだ過渡期なのだと、まだ可能性を捨ててはいないのだが。
しかし、初期コミュニケーションの荒廃状況から、ネチズムなどといって自主規制のルールが広まり、これが商業主義とあいまってクローズドなソサエティを仮想的に構築するような展開がみられるようになった。
このころから、当方はこうした閉鎖性というものに疑念を持ってきたのだが、閉鎖的なソサエティがめくらまし的に、開放的な装いでのコミュニケーションステージとして偽装されてきたような気がする。
もちろん、グローバリゼーションとはビジネスのステージで喧伝されていたので、多くの人々が経済の欲望の中に叩き込まれたのも頷かざるをえないのではあるが。
いまのところは、ソフトであろうがハードであろうが先進国の権力的管理社会ではネットワークは秘密警察型管理ツールとなっていくようだ。
しかし、だからといってやられっぱなしではないので、ネットワーカーは逆に自主規制の裏側で反撃を始めてもいる。
ネットワークは物理的にはインフラなので、たしかに経済によって基幹は押さえられている。サービスというのは、あくまで経済的サービスのことで、社会的サービスのことではない。対価が求められる交換価値の原則が支配しているわけだ。商業主義と法と権力に保全されたバックボーンによって。
後で触れるが、このtwitterにしても結局は同じであることはいまさらいうまでもない。twitterルールというものが、ネットワークの正義のように示されているのも、考えてみれば逆転現象でもある。けれども、おそらく多くの意識的なネットワーカーは、ゲーム参加のルール程度に把握し、問題はその規制の壁に挟まれた細い通路を通って、コミュニケートする実質でたたかっているということなのだろう。

見夢録: 2013年11月24日 twitterでの発言について(2)

アメリカも、中国も、日本も、官僚と権力はことを急ぎすぎている。なにか、共通して性急になる理由でもあるのではないか、と勘ぐりたくなる。
もしかすると、われわれは、考えている以上に大きな波のはざまにおかれているのではないか。そして、それはわれわれにとっても急いで対抗しなければならないことなのかもしれない。

以下、数点の発言についてその解説を加える。

・反政府運動までいくかもしれない。右傾化反転の烽火になるか。安倍は倒閣する可能性もでてきたのかも。

これは山本太郎と支援者だけがなしえている行動についての、希望的観測である。
現在、彼がまとめて課題にあげているものの重要性、ジャストなもの、そしてそれを強く国民にアピールしている精力的な活動のことだ。
原発、TPP、生活保護法改悪関連、特定秘密保護法、……改憲など、とんでもない問題が凝縮して、目白押しに並んでいるからだ。
安倍内閣は岸信介、佐藤栄作の一族であり、古くは吉田茂をも含めたこの一族はそれぞれ激しい反政府闘争に遭いながらも、多くの国民を犠牲にしてきた総理大臣たちである。この、悪しき符合はいったいなんなのか。
それに対して、山本太郎の、あまりに右傾化したこの国でただひとり気を吐いている、命をかけている、その気迫はただものではない。
70年代のべ平連よりも広汎な平成の大国民運動になるかもしれない。尋常ではないテーマが山盛りのせいもあるのだが。
安倍内閣は原発問題の先も見えないのに、野党勢力の弱体化を見越して一気に問題法案を通過させようとしている。
しかし、ネットワークを活用した若い世代が、いつのまにか仕掛けられた官僚と政府の罠に敏感に反応して、これに立ち向かおうとしているのだ。
近年の日本の極端なturn to rightは、じつはソフトライト層とソフトレフト層のバランスが偏っているに過ぎないのであり、ハードライト層とハードレフト層は従来の比率と変わってはいないのだと思う。
経済至上主義を日本ドリームとしているのは、この両ソフトを抱えた中間層である。そして、ここでまず、国家主義的なライト層のファシズム傾向が顕著になる。
これは、アメリカを発祥地とした新自由主義とグローバリゼーションによる、経済、政治、軍事、情報に対するアメリカの世界戦略政策の影響なのではないか。それも、なぜか緊急の課題としているように見える。とくに、情報、ネットワークの分野についての危機感があるようだ。
それは、アノニマス、ウィキリークスなどの行動にアメリカが慌てふためいていることと関係がないとはいえない。
つまり、この均衡の鍵を握るのはソフトライト層がノンポリ化していくことにある。
日本では反原発運動がこれほどまでに根強く、本質的な問題を浮き彫りにしているのは、直接的な現実をだれもが身にしみているからだ。左右のソフト層の明確な区別もなく、そう感じているようだ。
とくに、それは、原発について政府官僚と東電が開き直ってきているせいもある。そこには、いまだに、時間がたてば国民などはいいなりになるという権力と資本の傲慢さがあるからだ。この30年余の原子力政策に関与したすべての官僚、東電役員、政治家は東電敷地に檻を作って収監され、その一族郎党の全財産が没収されるべきなのに。
原発被害は土地を奪い、放浪被害者をつくり、汚染国家を生み出し、さらに世界に汚染を広げているのに、まだ国民から税金をむしり取ろうとするのだ。その神経は許しがたいものだ。
山本太郎の、例の天皇への手紙問題は、じつは自民党は党にとってはリスクの高い問題と読んでいたに違いない。
なぜなら、山本議員の辞職決議を出せないのは天皇のリベラルな反応を危惧していたからではないか。つまり、山本議員への同情のシグナルは原発被害者に対するシグナルでもあり、辞職を強行する側は象徴天皇に敵対することになるからだ。
これは、ライト層にもいえることで、脅迫事件を起こすような跳ね返り右翼もまた右側からも強く弾劾されることになると考えられる。
そうなると、ノンポリ層の軸が移動し、極端な安倍政権のごり押しに対し強い違和感が広がるのではないかという危惧が生ずる。だから、自民党は引いているのである。反自民党運動が起こる危険を回避するために、様子をうかがって。そこまでは、それなりの政治感覚である。
しかし、秘密保護法はあまりに幼稚なファシスト官僚の作文であった。まだ、こんな官僚が生存しているとは信じられないが、現実は奇なるもの、頭でっかちの官僚もまたガラパゴスなのであった。
当方は、これは、山本太郎とその支援者の動きによっては、官僚政府とその追随者を倒す好機となるのではないか、と観測したのである。
もしかすると、安倍は何か弱みを握られているのか、と疑わざるをえない。尋常ではないとも思えるのだ。(つづく)

見夢録: 2013年11月26日 twitterでの発言について(3)

プログのアクセス数が増えていくにつれて、コメントスパムが急増し、これらの抑制プラグインをセットし、しまいにはコメント欄そのものを閉鎖してしまった。しかし、削除済みのファイルをも追っかけてきて、そのアクセスはやまない。さらに、今度はそのスパムはアクセススパムとなって、これもとまらない。
発信元はアメリカなのだが、しようがないのでそれらしきIPをチェックしてIPアドレスを根元で拒否することにした。ほぼ収まったかに思えたが、別のアドレスを偽装して復活してくる。もう少し様子を見ざるをえない。

さて、最近、ブログ開設の関係でtwitterに参加して、その記事を見ていると、たしかにマスメディアは現実空間にはなくて、逆に操作された仮想空間にあるということがはっきりしてきた。今回の特定秘密保護法なども、メディアに押し隠されてきたからだ。
ところで、新聞は数年前に、新聞のレイアウトが広告優先になってこれにクレームをつけたまま、40年読んでいたものをやめて以来、読んではいない。ネットで収集することにしたのだ。
いまは、テレビも含めて、もういいかげん、古典的仮想空間に鎮座しているマスメディアと縁を切るべきだと思っている。

さて、今回は次の発言について。(解説というより、推理かな)

・宮内庁からのリークはリベラリストの真情かもしれない。山本太郎はお墨付きを貰ったようなもので、ソフト右翼をも巻き込んで、官僚政府安倍内閣打倒の国民大運動を提唱すべきかも、ね。山本に手を出すやつは「非国民」になるかな。

(ライト層とかレフト層とか、紛らわしいが、わざと妙な用語にしてある。)
さて、山本太郎は、たしかに直接的な感覚で、自然発生的に復興と反原発運動に参加したのである。
彼の心情は、若いリーダーの熱い心は、すべての被害者と一体になったものであることは疑いようがない。
だから、天皇はリベラルな知識人としての立場であの手紙を受け取り、そのときのなんらかの感情がリークされたに違いない。(私は断じてナショナリストではないので注意あれ。そして、この国の制度におしつぶされようとも思わない。)
ここで、つまり手紙のいきさつによって、ライト層にとっては、山本太郎と国策による被害者が、手を出してはいけない人間、運動となったのだということに思いいたるべきなのだ。このことが理解できないライト層はそれこそ「非国民」ということになる。
だから、それでも「非国民」でいいというライト層はともかく、ソフトなライト層が被害者と国民の心情を認めるようになれば、中間層が拡大し、ハードライト層を抑えることができるのではないか。
最近は、ライト層のニューファシズムが台頭したり、安倍政権が強権的な施策を続発したり、ハードライト層が硬直化している。つまり、逆にいうと、固まるかわりに分裂や解体が進んでいると考えられる。それは、橋下の失敗や自民党の古株をみれば歴然である。

原発問題は、戦後の国家政策の裏側をひと目で分かる形で示したのだ。そして、最近の官僚と安倍政権の施策がすべて連動していることをも明らかにしている。つまり、問題が複合的なものであることを。
とくに、特定秘密保護法は、戦後の常道をくつがえすものだ。これを強行しようとしているのは、どうも、ハードライン(強硬派)の官僚と安倍政権グループだけのようだ。
特定秘密保護法は、アメリカの情報官僚と日本の官僚とに特殊な密約があるに違いなく、さらに一部官僚グループが安倍政権を脅しているような気がしないでもない。それは、安倍の様子になにやら屈服感が感じられるからだ(ただのゴルフ疲れかも)。

ところで、安倍はこの流れの先にもくろんでいる改憲が、結局頓挫すると考えていまいか。なぜなら、改憲に手をつけるためには、その論拠とされる成立過程への不満からすると、第一条から、天皇条項の廃止から始めなければならないからだ。
だれが作成したかということよりも、その内容が世界的な文化レベルに達しているかどうか、その必要性があるかどうかが質されることにもなる。
そして、第一条は戦後日本のもっとも矛盾しているものなので、これを避けて戦争規定を盛り込もうとすることは論理的に不可能なのではないか。主権者に統帥権のない軍隊は機能できないからだ。
つまり、第一条に手をつけないかぎり、現状の推移では改憲はありえないということだ。
だから、安倍政権は改憲を目標としてそれを政策(右傾化)の根拠にしているが、どうも本心ではないのかもしれない。
やはり、この連続する反国民政策は、アメリカ主導の軍事力と情報のグローバリゼーション(支配)を任務としているのかもしれない。

橋下のファシズム遊びは限界のようで、ヒトラーにまではならないだろうが、山本太郎は新たなスターとして、災害、原発の、多くの弱者、さまざまの施策の被害者の側の大運動を展開することで、右傾化の歯止めになる可能性がある。これは、野党が脆弱で、単独で国民運動を展開できないからだ。政治家も大小組織も、旧べ平連のようなこのノンポリの運動に結集することになるだろう。
故意か偶然かは別にして、あの手紙問題はもっとも危険な領域に生手を突っ込んだようなものだ。いずれ必ず問題になるだろう天皇制と改憲論との矛盾を担保したようなものだからだ。
つまり、安倍も橋下も改憲に触れることはできなくなるに違いない。
そのことに感づいていることも、悪法の連鎖的成立を急いでいる理由かもしれない。

あるいは内閣よりも官僚と政治家のハードラインは、日本を、弱体化しているアメリカ国家の補完部隊として、グローバリゼーションの前に立ちふさがるであろう、中東からアフリカ、南米大陸に対する軍事・経済支配の尖兵にさせる計画を立案しているのかもしれない。
アメリカ国家は汚染国日本を内心見限っているので。もともとイエローヘイトのエリートたちなのだから。放浪軍隊になろうとも。
なんとなく、そのような規模の問題が潜んでいるような気がしてならない。でなければ、安倍がなりふりかまわず無理難題を押し通そうとするわけはない。

もし、そのようなことが、今回の危機に潜んでいるのなら、日本人が生き延びる可能性は、山本太郎を中心に広がる反政府運動に結びついていかなければならないようだ。
ほかにだれがいるのか? このことなのだ。

天皇制とリベラリストの象徴天皇との問題は今は触れない。それは、官僚政府が倒れてからの新たな問題だからだ。

見夢録: 2013年12月01日 防空識別圏問題

見夢録: 2013年12月01日 防空識別圏問題

秘密保護法が成立してしまう前に、言いたいことは吐き出さなければならない。中国や欧米列強のように、ネットワークの検閲と逮捕、収監がすでに準備されているのだから。自民党政府も、早晩、自らその軛をかまされるというのに。官僚とそれに媚びる政治家が、権力の実働部隊が、すべての国民の寝込みを襲うことになる。

防空識別圏問題は出来レースなのかもしれない。
先日、アメリカ、日本の軍用機が、中国の突如設定した防空識別圏なるものを無視して飛行したが、両者の対応などからみると、どうもこの3国で密約でもあったように見える。つまり、この先、一定の局地戦あるいは模擬戦のような事態を作り出し、それぞれの緊張を高めることで強引な国内支配をめざして、擬似戦時体制の空気を醸し出そうというものだ。場合によっては、軽度な交戦も視野に入れているのかも知れない。もちろん、高いリスクも計算に入れているのだろう。
一見、奇異に思えるかもしれないが、それぞれの国の内政の支配動向、権力構造の脆弱傾向、将来の世界戦略の構築という観点から、なにやらこの問題にある裏取引が見えてくるのではないか。
アメリカは軍事・情報部門を制圧するCIA、ペンタゴンなどの関連、中国も人種問題・反政府闘争の激化、習体制と人民軍との関連、日本ではネオコンによる急速な右傾化、官僚支配、これらはすべて急速な国内制圧が絶対条件になっている。軍事的にも、経済的にも、次の時代の大目標が控えているからだ。
そこに、この問題の根があるとすれば、これらに対する反対闘争が世界中で高まるというのも必然である。もちろん、権力者に取り込まれつつある、マスコミ、ネットワークなどに対しても、情報ネットワークでの対抗運動は激しさを増していくだろう。
そして、この密謀から韓国が外されているような感じがあるのが、出来レースではないのかというアイデアにつながっている。それは、中国は朝鮮半島を取引の舞台にしようとしているのかもしれないというものだ。

見夢録: 2013年12月04日 特定秘密保護法で「裁判なしで処刑され、歴史から抹殺される」ことも

特定秘密保護法は、官僚の活動の隠蔽、軍事・外交情報の漏えいについての管理的な法律に見えるが、そればかりではない。
特定秘密とは何か、この法案になにが隠されているのかという観点からいうと、次のようなことが想定できる。

特定秘密保護法の第二章: (特定秘密の指定): 第三条で、

行政機関の長(当該行政機関が合議制の機関である場合にあっては当該行政機関をいい、【前条第四号及び第五号の政令で定める機関】(合議制の機 関を除く。)にあってはその機関ごとに政令で定める者をいう。第十一条第一号を除き、以下同じ。)は、【当該行政機関の所掌事務】に係る別表に掲げる事項に関 する情報であって、

とあって、この【 】は、第一章 総則 第二条 四にある、

…警察庁その他政令で定めるもの…

をもいうのであり、ここは公安活動も含めた警察活動全体を指している。
つまり、これが治安維持法の代替になっているということだ。
公安・警察の活動すべてを秘密指定できるわけだ。
これは、おおっぴらにというのも妙だが、警察活動で秘密裏に逮捕、拘束などをしても、その一切の秘密を指定して、開示しないということが可能だということでもある。
場合によっては、取扱い業務者(官僚)が恣意的に、罪状をも問わず、裁判もしないで死刑にして、歴史から抹殺するということも。

見夢録: 2013年12月15日 北朝鮮の今後についてのフィクション

張成沢の処刑は8月の女優・玄松月処刑が布石のようだが、これで金正恩の周りには金正哲と金汝貞の兄妹と、粛清を仕組んだ小物の取り巻きがいるだけになったようだ。もちろん、叔母の金慶喜はもう出番がない。
これまで、戦略家といえば張成沢しかいなかっただけに、北朝鮮は最後の実質的な国家指導者(中国が直接コントロール可能という意味で)を失うことになる。
とりあえずは、3兄弟妹での寡頭体制と追従者の集団になるのだろう。しかし、今度は兄妹もさらに厳しい粛清に遭うことは目に見えている。追従者は血族の権力闘争も促進させ、小物政治家同士の抗争も激化させるだろう。そして、早晩、コントロールの効かない朝鮮人民軍の支配下に置かれることも。すでに、金正恩は軍の傀儡への道を歩みだしたのだ。
しかし、このことは中国が予想していたはずであり、この一連の経緯は金正恩が暴発を開始したとみるべきだろう。おそらく客観的に政治・軍事・経済を把握できず、金正恩の安易な願望と思いつきの国家経営がなされていく。いや、盲目の軍隊に引きずられて、崩壊が始まっていくことが推測される。
中国は北朝鮮政策を断念したのではないか。もはや、子供の遊びにつきあいきれないのだから。防空識別圏問題は、すでに数カ月前からこのことを予見していたことと関係しているという気がする。あるいは、尖閣列島問題もこれらと関係してはいまいか。
つまり、崩壊後の北朝鮮を一定期間(100年ほど)、韓国経由でアメリカの管理下に置くということだ。民族問題を焦眉の急としている中国は、崩壊後の朝鮮民族を受け入れることは不可能だからだ。そして、極東の軍事的緊張は国内政策でもあるからだ。
アメリカのネオコンは日本の軍事国家(世界の第2代理警察隊)化を目指しているのであり、それは中国との戦争を想定しているのではない。中国はそれを見越しているからこそ、朝鮮半島をふたたび取引材料にしようと考えているのではないだろうか。
韓国は女性大統領で権力基盤は脆弱になっているので、中国は直接アメリカと取引しようとしているように思える。ただ、香港のように、西側に預けて経済成長を遂げさせてから100年後に改めて世界分割をしようという計画の下に。
日本の軍事国家化も、米日のネオコンと中国の談合の下に仕組まれているという仮説だ。

見夢録: 2014年05月13日 再開の弁

見夢録: 2014年05月13日 再開の弁

日録は腰を据えるとなかなか大儀なので、もっと軽く記してみようかと。
【かけら】(正題は「おりおりのかけら」)はtwitter、facebookにアクセスできない海外から投稿できるような仕組みとしてはじめたものだ。
また、【かけら】はfragmentという小生のあるテーマの一つでもある。
これを、さらに日録にまとめて、ここから出てくるものから大儀な論題が生じたら、加えていけばいい、と思い立った次第。

2014/05/13 05:13:
「擬宇宙論」: 「量子と宇宙」のコスモロジーもどき。書きためていた文章を、整理をかねて公開してみる。

2014/05/13 06:32:
若いころのいくつかの学生新聞に連載した詩論を掲載している。→「小説 他」

2014/05/13 06:36:
(4/17)
ガルシア・マルケスが死んだ。1928年3月6日生まれ。87歳。
土方巽は1928年3月9日生まれで、1986年1月21日に57歳で没した。
同年同月生まれの怪物たちよ!

2014/05/13 08:14:
ブログのメインエリアを使わないで投稿ページをSNSと連携できたので、完成。

2014/05/13 14:00:
未刊行詩集『strandにおける魔の……』の公開を始めた。1987年刊行予定だったのが、某書肆に預けたままほうっておいて、未刊行になったもの。
詩集一覧からどうぞ。

2014/05/13 14:06:
PDFはchromeでは表示できないようなので、リンクにした。(詩集「浣腸遊び」光の夜)

2014/05/13 17:23:
Super-string Scope, 2010.12, oil on canvas, M20×5(72.7×303cm)
Large Work 11: Scopeは’89に訪れたグランドキャニオン、メサヴェルデの夕景を「SCOPE」と題して描いた組絵。同行した家族を含めて、さまざまの外国人がしばし滂沱していた記憶が。

2014/05/13 18:37:
ローズマリーの花が咲いている。
DSC00455

見夢録: 2014年05月14日-31日

1 2 3 4 5 6

しばらく、このような形で日記を残しておく。

日録■2014/05/14-

■2014/05/14

2014/05/14 02:27:
【かけら】
「擬宇宙論」: 「量子と宇宙」のコスモロジーもどき。書きためていた文章を、整理をかねて公開している。

2014/05/14 08:30:
【かけら】
そのかみ、土方巽に高評されていた舞踏手・福原哲郎に献じた詩『(触れうるもの)』があったので公開した。また、次のようなメールの内容を残しておく。
「さて、昔、貴兄の踊りの会に招かれたときに見た月と金星に材をとって、貴兄の立ち尽くすダンスに強い印象を受け、後日書いた詩があったので、小生 のブログに公開しました。」

■2014/05/15
2014/05/15 17:08:
【かけら】BingBotのクロールが急増し、PVが増大したので、「User-agent: BingBot; Crawl-delay: 10」としたが、効き目があるのだろうか。

2014/05/15 23:57:
【かけら】
DSC00459
セージはサルティンボッカ風に豚肉で巻いてフライパンで揚げるように炒めるとうまい。

■2014/05/17
2014/05/17 05:16:
【かけら】
昨年の暮れに公開した→「水のくぎりという詩は自分でも好きな作物なのです。

2014/05/17 21:18:
【かけら】
いま、京急久里浜線。これから三浦で墓参り。いい日和過ぎる。(投稿のポストタイプを間違っていたので、帰宅後にカスタム投稿しなおした)

1 2 3 4 5 6

見夢録: 2014年06月01日-13日

1 2 3 4

日録■2014/06/01-06/13

■2014/06/01
2014/06/01 14:05:
【かけら】
治っても治らなくても、クアラルンプールをターゲットにしてみようかな。
ぐずぐずしてもいられないし。

■2014/06/03
2014/06/03 06:12:
【かけら】
→追加写真。
小学生のデモ隊(1989, 撮影: 佐丸寛人)
天安門事件 小学生のデモ隊(1989.5.19, 撮影: 佐丸寛人)

■2014/06/04
2014/06/04 3:21:
【かけら】
いくことに決めた。とにかく。

2014/06/04 14:06:
【かけら】
来週月曜からクアラルンプールに1カ月。
Air Asiaで。あの航空機消失事件は隠蔽されたままだなあ。
今回、アパートを借りるのにAirbnbというシステムを使った。
なかなかよさそう。低価格で、ホストが親切だ。
さあ、計画が動く。

■2014/06/05
2014/06/05 21:27:
【かけら】
当時の写真を本文に追加してあります。
バスによるデモ隊。民主化運動が盛んな時。甘粛省にて (1989.5.19, 撮影: 佐丸寛人)
→本文
天安門事件翌日 - ガードレールを曲げて軍隊へのバリケードとしているのか(1989.6.5, 撮影: 佐丸寛人)
→本文

2014/06/05 22:01:
【かけら】
未刊行詩集『strandにおける魔の……』はこれで終了です。次回からは未刊行詩集『空中の書』の公開をスタートします。
しかれども。
来週からひと月、国外にいるので、新作に励むつもりもある。向こうは夏だ!

1 2 3 4

見夢録: 2014年06月17日-30日

1 2 3 4 5 6

日録■2014/06/17-06/30

■2014/06/17
2014/06/17 07:19:
【かけら】
まだ暗いけど、夜が明ける。
1週間いたアパートは広くて快適だったけど、ベッドルームだけだったので、なかなか腰が落ち着かなかった。
食事のために外出するというのは、時間を無駄にするというのか、引きこもり防止なのか。
とにもかくにも、次のアパートに移動する。
少し、暮らし始められるといいが。

■2014/06/18
2014/06/18 14:53:
【かけら】
この2、3日、暑さと疲れのせいか、胃腸の様子がよろしくない。
したがって、食欲もなく、せいぜい1食。
新しいコンドミニアムは住みやすく、もちろんチープなのだが、悪くはない。
そろそろ日本人会というものの様子を見に行こうと思うのだが。
なんだか、ねえ。

2014/06/18 15:03:
【かけら】
昨夜、北の果ての詩人・金石稔さんに国際電話をSkypeでかけたのだが、つまり、市内通話。
Lineの品質がよろしくないので、こちらにした次第。
先行者であり、同行者である、ということばがわたしにとってはふさわしいような。

1 2 3 4 5 6

見夢録: 2014年07月01日-08日

1 2 3 4

日録■2014/07/01-07/08

■2014/07/01
2014/07/01 18:43:
【かけら】
今日は先ほどからすごい雨。
稲光も多く、少し遠くのビルはよく見えない。
こちらに来てからいちばんの土砂降りだが、ラマダンであちこちに出ている屋台テントに影響はあるのだろうか。

■2014/07/02-02
2014/07/02 09:43:
【かけら】
昨日は、日中、スニ駅の近くのセントラル・マーケットまで、無料バスを利用した。
もう、お土産を少しは準備しようという時期になってしまった。
ところが、この近くにはチャイナタウンがあって、このマーケットとチャイナタウンの土産物街を混同して、たどり着けなかった。
でも、すばらしくうまいチキンライスにめぐり合った。といっても、情報は入れてあったのだが。
買物は翌日に回そうと考えて。

その夜、いい話が具体化してきた。
モントキアラという街でミーティングの連絡が入った。
ローカルバスでしか行けないそこに、これからシュミレーションに出かける。

2014/07/02 13:38:
【かけら】
今、モントキアラのコーヒーショップで一息ついている。
ローカルバスの情報が入らず、行きと帰りの道が別だったり、待たされたり、降りるときはこちらがいい加減で、乗り過ごしてハイウェイの出口でウロウロしたり。
とにかく、高層ビルの建ち並ぶ大規模団地。
ここで、ローカルバスだけの移動手段で暮らそうというのだから。
自転車くらいは必要だろうか。

さて、帰ろうか。明日は本格的な話し合い。
そうだ、昨日ミステイクしたセントラル・マーケットに行かねば。

1 2 3 4

見夢録: 2014年07月16日-27日

日録■2014/07/16-07/27

■2014/07/16
2014/07/16 14:51:
【かけら】
帰国して1週間。天候不順と体調不良が連動し、動きが取れない。
始めたいことがあるのだが、休止中。

■2014/07/17
2014/07/17 14:27:
【かけら】
acrylic on paper, 384 x 267mm, 2014.7., KL
acrylic on paper, 384 x 267mm, 2014.7., KL
帰国直前に出来た4枚目「Ikan」。
日本ですべてスキャニングし直して、改めて公開。
まとめはメニュー「美術衝動: Art impulse」から「Work: Kuala Lumpur, acrylic: 2014/07/04」を見てください。
なお、最初の「I」は滞在先に寄贈した。

■2014/07/19
2014/07/19 15:22:
【かけら】
帰国して、いくつか問題はあるものの、回復。
それで、未刊行詩集『空中の書』の公開を始める。
絵の方は、テーマごとにまとめている。Art impulse: 美術衝動のページもよろしく。

■2014/07/27
2014/07/27 11:20:
【かけら】
ツィッターで「 #緑字選 RT」というタグを立てて、ことばを蒐集してみる。

見夢録: 2014年08月02日-26日

日録■2014/08/02-08/26

■2014/08/02
2014/08/02 7:30:
【かけら】
HOME PAGE「紙田彰の世界」は、このブログに引っ越した。
だいぶデータがまとまってきたため、メインのアドレスからのリンクをここに移したもの。
詳細のアドレス(www.a-kamita.jp/ryokuji/)からは従来どおりに表示できる。

■2014/08/13
2014/08/13 7:07:
【かけら】
昨年の12月からつづいた下痢がようやく治まった。9カ月かかった。
病院や薬など、いろいろと当てにならないことだらけで、とにかく自分で治すしかなかった。

■2014/08/17
2014/08/17 4:32:
【かけら】
長詩「それでも一歩、ちかづく」にいくつかの詩中句とでも呼べそうなものがあったので、抽出して雑体として記録にとどめた。
思うに、友人の訃報が届いたのでこれに連関しているのかいないのか。
○おくるものもなきつはものゝゆめまくら

■2014/08/21
2014/08/21 9:27:
【かけら】
詩集『空中の書』の公開で、旧作詩篇と重複しているものは改めて詩集に入れて統合した。
カテゴリーを複数にして作品自体はひとつになる。
まあ、気づく人は稀だろうが、ここに注記しておく。

■2014/08/24
2014/08/24 9:06:
【かけら】
○あからんのはてなきゆゑにちぢむゆめ 
○あからんへひとりたびだつはてのさき 
○あからうんあつけらかんのたびのはて 

■2014/08/24
2014/08/24 15:22:
【かけら】
 友の身罷りて
   ――故沖田好正君*を偲びて
おくるものも なきつはものゝゆめまくら
  合掌

*沖田好正 高校同窓の友人。自由に関するそれぞれの闘いにおいて、いわば同志的であったと信じている。2014年8月10日19時、神戸にて永眠。

■2014/08/25
2014/08/25 9:53:
【かけら】
掲載中の未刊行詩集『空中の書』も、もうじき終了する。
ここにあるのは、いうまでもなくコミュニケーションのための作品行為ではない。
意味と価値とあらゆる交換性とは、つまり経済思想とはかけ離れている。
想像力の探求なのである。

■2014/08/26
2014/08/26 14:17:
【かけら】
今日はちょっといいことがあった。
検査数値が、誤差の範囲でなければいいと願うのだが。

■2014/08/26
2014/08/26 15:43:
【かけら】
詩誌『緑字生ズ』第2号(1983.12)~第3号(1984.6)所収の散文詩「誘惑」を未刊行詩集『空中の書』にまとめた。
以前、小説のカテゴリーに入れたものだが、当方の都合上それとは別のデータとして扱うことにした。
気づく御仁もおられぬと思うが。

見夢録: 2014年09月01日-29日

日録■2014/09/01-29

■2014/09/01
2014/09/01 9:39:
【かけら】
マレーシアに1月滞在して、東南アジアの植物に興味を抱いた。
少しだが、この欄に掲載してみよう。
DSC00550
学名は Heliconia rostrata。英名は Lobster claw。
原産地:熱帯アメリカ、南太平洋。

■2014/09/02
2014/09/02 4:12:
【かけら】
調査中。
DSC00665

■2014/09/06
2014/09/06 9:15:
【かけら】
また、Wordpress 4.0のバージョンアップが来た。
3カラム表示の手順を忘れて、少し手間取ってしまった。
カスタマイズした設定ファイルがリセットされてしまうからだ。
手順メモ文書などはLotus Notes 4.5jという年代もののサーバーソフトを使っているが、使い勝手がいいので手放せない。あらゆる仕事がDB化されているからだ。

■2014/09/08
2014/09/08 7:21:
【かけら】
右メニューの「カテゴリー」「アーカイブ」からの本文表示を訂正。
数件しか表示されていなかったので、全件を表示するようにした。
グループごとにじっくり読めれば、と。

■2014/09/09
2014/09/09 12:07:
【かけら】
見夢録を整理していて気づいたが、【かけら】の一覧表示では時刻表示を24時間制にしていなかった。
昼夜の関係で、話がなんとなく違和感があったので気づいた。
とりあえず、午前、午後を入れたが、これまでのものについてもそのうち処理しなければ。
ブログの左カラムの表示では、24時間用の引数を設定していたのだが。

■2014/09/14
2014/09/14 4:23:
【かけら】
見夢録にまとめている【かけら】欄の、画像、記事リンクの追加を始めた。
まだ、半分程度だが。

■2014/09/27
2014/09/27日 9:53:
【かけら】
50万件の索引処理。
解析と論理の構築。
処理手順、仕掛け、参照元DBと参照先DB。
マッチング方法と順序、判定法。
語釈DB構築による詳細化判定。
あと、15%か。

2014年/09/27 10:34:
【かけら】
Facebookの共有が切れていた。

■2014/09/28
2014/09/28日 7:42:
【かけら】
このブログ、twitter、Facebookのプロフィール関係の画像を取り替えた。
気分一新。

■2014/09/29
2014/09/29 12:10:
【かけら】
香港天安門。

2014/09/29 10:30:3
【かけら】
To Tiananmen from Hong Kong?

見夢録: 2014年10月1日-21日

日録■2014/10/1-21

■2014/10/1 8:20
【かけら】
interpretationのセンテンスをDBの単位にする。
この辞典の索引構造は階層化され、語釈文ごとに用語をまとめている。
この語釈文をSQLでマッチングさせる。
逆アセンブルみたいなものか。

■2014/10/6 2:27
【かけら】
こちらのほうも大きくなっていない。
現状維持でも10年はもつぞ。

2014/10/6 14:29
【かけら】
早く仕事を終えて、旅行の準備だ!

■2014/10/9 5:13
【かけら】
最近、古い散文(1985年)「デリュージョン・ストリート 11 (妄想ノート) 妄想の破片」を読み返してみると、ガン治療の臨床について示唆的であったと思うところがある。

■2014/10/10 17:33
【かけら】
マレーシアのビザは年間180日までだが、KLのコンドミニアムのレンタルはふつう年間契約で、そうするとかなり低価格でレンタルできる(月6~8万円/100平米)。
私が半年使い、残りの半年を別荘感覚でレンタルする相棒が現れるといいのだが。
3カ月のレンタルでも、ロングステイ・トライアルに利用できるんだが。

■2014/10/11 6:10
【かけら】
かんじの喚起力にたよらない。

2014/10/11 3:07
【かけら】
とどめおく。

○初春の雪を忘れたカナリアは

○先が短いのか長いのか、新しい光はふるい光となりて。

■2014/10/16 6:12
【かけら】
また新しい計画の準備を始めた。
抱えている仕事も佳境にかかっているので、これも忙しい。
切り替わりとはこんなものか。

■2014/10/17 12:29
【かけら】
クアラルンプール。ツインタワーの公園で。
DSC00671

2014/10/17 14:16
【かけら】
「夢の久作」という方言は「夢想家」という記事がみられるが、ある方言辞典によると、「うっかり者」(福岡市では「ゆめのきゅーぞー」とも)、「無関心な人」(熊本県では{ゆめんきゅーさく}とも)とあるが、如何。

■2014/10/18 17:28
【かけら】
Tweetily というプラグインを使っているが、動作がリセットされていた。
テストしてみて、しばらく本文だけをツイートしてみる。

■2014/10/19 10:35
【かけら】
クアラルンプールで撮影。
DSC00668

■2014/10/21
2014/10/21 12:00
【かけら】
自己抑圧したり、魂を抜かれると、般若集団や能面集団になるのかな。
権力者たちの民主主義は骨会をかたりて。

2014/10/21 12:22
【かけら】
いまさらだが、マスメディアの右傾化はついに戦前の翼賛へとなだれうったようだ。
派兵と徴兵か。ここは、いやなところだ。

見夢録: 2014年11月01日-27日

日録■2014/11/01-27

■2014/11/01 23:39
【かけら】
仕事に集中していてブログにアクセスしていなかったら、コメントスパムが150件以上来ていた。
すべてBANして、削除した。
辞典DBの50万件のリンク作業も残り2万件ほどになった。このあたりが限界かな。

■2014/11/2 2:57
【かけら】
湯豆腐の切り身に山葵 睡る酒

■2014/11/6日 3:22
【かけら】
Zenfon5でここに投稿しているが、【かけら】タイトルのテンプレートが入力できない。
苦戦している。
といっても、5キャラクターのことなのだが。

2014/11/6 3:31
【かけら】索引リンクの50万件のDBがほぼできたので、perlでうめこむとする。 このリンクデータを10分割して、スクリプトをかけるのだが、10時間はかかるだろうか。

2014/11/6 3:39
【かけら】重複データの処理もあるので、先に取得できたリンクを埋め込んでおくわけだ。 処理機がそのようなわけだから、台湾製のなんとも素敵なスマホで時間つぶしの投稿をしているのでした。

■2014/11/10 21:59
【かけら】
疲れた。眠い。

■2014/11/12 19:20
【かけら】
アバラ大根のテスト調理。
塩もみした豚のアバラ肉を2センチの厚さに。
圧力鍋で葱、生姜、酒、と一緒に20分。
大根は2センチの厚さで別に茹でる。
大根に串が通った段階で、こちらは火を止める。
豚肉はスープを別に取り、こちらはラーメンにでも。
脂を抜いた肉を大根の煮汁と一緒に改めて煮る。
このとき、かつお、昆布などのだし汁と酒で味を調整。薄味にすること。
大根に味が通ったところで出来上がり。
大根は煮すぎず、アバラ肉はやわらかく、かなりうまい。

2014/11/12 19:26
【かけら】
50万件のリンク埋め込みは、結局、1週間かかるものが3時間に短縮できた。
使っているperlのバグがなければ、1時間か。
日本語処理のため、v.5.8.9を使っている。
それにしても、リファレンスの力と置換できたスクリプトを削除しながらというやり方が効を奏した。

2014/11/12 19:30
【かけら】それで、長崎産の鰺の鮨で、一杯やりながらつぶやいているわけだ。
もちろん、アバラ大根も初回ながらいける。
宵もひとしお。秋の酔い、おぼろ。

■2014/11/19 0:53
【かけら】
病院の帰りに、シコイワシを100円で入手し、湯煎のオイル煮にしてみた。
以前に娘から貰った小型のストゥーブに、下拵えした鰯にオリーブオイル、リーフ、ニンニク、唐辛子をを入れ、1時間強。
2日ほど冷蔵するが、その前にフランスパンで少し食した。とてもやわらかい。
ワイフへのバースデイ・プレゼントとなるか。

2014/11/19 2:15
【かけら】
納入日を遅くしてくれとのことで、出来上がりなのに、新しい仕掛けを追加することに。
なんとも、職人的だな。我ながら。

■2014/11月/21日 @ 6:46
【かけら】
WPのvupでの共有テスト。

■2014/11/22 6:08
【かけら】
nomadというのか、国外でも仕事できるように、Dellの安タブレットPC、Venue 11 proにwindows 8.1 proをセットした。
Nexus 7もzenfone 5も台湾の低価格品だし、価格にこだわっているなあ。

2014/11/22 6:1
【かけら】
ブログの本欄はいろいろ忙しくて手がつけられない。
作品はまだまだあるし、いろいろ片が付いたら、活動再開するつもり。

■2014/11/23 14:14
【かけら】
ドメインの関係でVenue 11 proにWindows 8.1 proを追加したら、タッチキーボードのかな表示が消えてしまった。
ネットにあった情報から、結局、Registryのparameterをいじってしまった。
新品なのに、端からこうだからなあ。

■2014/11/27 23:07
【かけら】
今日はバクテー(骨肉茶)に初挑戦。
ちょうどスープの素が手に入ったので、鹿児島産の黒豚リブを買ってきてニンニクをはじめ、思いつくかぎりの香辛料を入れて、煮込む。
明日の夜に食べてみるのだが、チキンライス(海南鶏飯)に続きアジアの味は深まりつ。
ついでに、小鯵の素揚げもプールするなり。これも薬。

2014/11/27日 23:49
【かけら】
小鯵の素揚げを冷蔵庫で一晩。
市販の空揚げ粉は塩辛いので、片栗粉を1:1あるいは1:1.5でまぜて、ビニール袋などを用いて塗す。
二度揚げして冷ましたものを、冷蔵庫で1、2日乾燥させると、蛋白質が変化して実に味が深くなる。
燻製でやることと、同じようなことだが。

見夢録: 2014年12月01日-30日

1 2 3 4

日録■2014/12/01-30

■2014/12/01 21:45
【かけら】
我ながらミーハーだと思ったのだが、cheeroのDANBOARDバッテリー10400mAhを買ってしまった。
ついでに、上海問屋でマルチチャージャーも。
旅支度、とめてくれるなおっかさん。

■2014/12/04 23:47
【かけら】
あばら大根のレシピ完成 
ポイント: 大根の新鮮な辛味と食感を残したさっぱりあばら大根 
豚のあばら肉 
フォークで滅多刺し。軽く塩もみ。冷蔵庫に30分。 
大根 
2センチ程度に切り、皮むき。隠し包丁。 
長ネギ: 青い葉の部分もざく切り 
生姜: 数枚 
塩: 少々 
酒 
カツオだし汁 
昆布だし汁 
鰹節: 小袋に入れる 

1 2 3 4

見夢録: 2015年01月01日-26日

1 2

日録■2015/01/01-26

■2015/01/01 20:22
【かけら】
恒例の年越し餃子。今年は弟夫婦が参加、4家族8人。
引越し前の家で、痛飲!
2014 年越し餃子パーティー

■2015/01/04 12:55
【かけら】
正月だというに寧日もなく、只管引越しの準備に明け暮れる。
まずはレンタルルームに絵を預け、蔵書はわずかに残すべきものだけ梱包し、後のほとんどは始末するばかり。
予定は月半ば。
さまざまの業者を手配するにも時間を取られることなり。
不用の物を捨てるもきりがなし。
身の振りも棄つるもののうちにありきか。
厭な夢もなるほどよく見るはずと。

■2015/01/07 06:03
【かけら】
今日、美術作品のレンタルトランクへの移動を始める。
引越しの開始だ。

1 2

見夢録: 2015年02月24日-25日

日録■2015/2/24-25

■2015/2/24 05:36
【かけら】
いよいよノマドとなるか。
引越してひと月以上になるが、体調を何度か崩しながら、溜まっていた仕事もこなし、いつのまにかクアラルンプール渡航も目前である。
今回は3カ月超。Venue 11 proとASUSのスマホを持って、ある資料のXML化を旅先でするつもり。

2015/2/24 17:17
【かけら】
今回はさらに片道切符。Air asiaでは購入可能だったし。
出国はプノンペンからで、そこで1月ほど新たなノマド先を下見する感じ。
カンボジア出国直前に帰国便を買うことになる。
情報によると、往復便のチケットの必要性はないようだ。

■2015/2/25 07:44
クアラルンプールでは、長期滞在するとcondoが安価で借りられるとのことで、iproperty.com.myなどあたってみたが、やはり1年以上でないと相手にしてくれない。
ノービザが滞在90日まで、年間上限で180日までなので、ツーリストは借りられない。
今回も3カ月滞在なので、向こうで知り合った人を介して3か月分を借りることはできたが、長期貸しの価格まで下がらなかった。
やはり、日本の友人などと計画して合計で1年の長期レンタルという方法で借り出すしかないのだろうか。別荘感覚で。
生活防衛のためのマレーシアでの暮らしに向かって。

見夢録: 2015年03月02日-25日

1 2 3 4 5 6 7 8 9

日録■2015年03月02日-31日

【かけら】
体重がなかなか戻らないが、準備は整った。
なんだか、40数年前に北海道に帰省していた程度の旅行気分だ。
あのときは汽車で1泊、今度は飛行機で1泊くらいの違いしかない。
時代の変化と年齢経験の相違なのかも知れぬ。
異国で生活したいという思いを、仕事と11インチのタブレットパソコンを抱えてノマドするというスタイルに替えてみるだけなのだが。
液晶モニターは20インチを手に入れるつもり。それで日常がよみがえる。
3カ月後にはプノンペンに出て、ツーリストの形に飽いたら、帰国でもするか。
しかし、旅を甘く見てはいけない。トラブルが起きるからこそ旅の醍醐味ということも。もちろん。

2015/03/02 19:26
【かけら】
さっそくつまらないトラブル出来。
旅の前にHUAWEIのモバイルルーターを検査していたら、これを分解してしまった。というより、しかたなくも完全に破壊してしまった。
Windows8 proの入ったタブレットPCのルーター接続の準備なのだが、これが妙な按配でなかなかつながらない。
それで、スマホのSIMで設定のテストをしようと、このSIMをルーターの側面の挿入口にセットして接続していた。しかるに、これもうまくいかない。
またもとのスマホに戻そうとしたところで、2枚のSIMのサイズが異なることに気づいたのである。つまり、スタンダードサイズとMicroサイズ。
そして、ルーターに入れたSIMを取り出そうとするが出てこない、そればかりでなく穴の奥に入り込んで取るに取れない。畳鍼のような器具で掻き出そうとしたのが裏目。さらに押し込んだばかりか、受け口の金属が伸びてきて、その突起に引っかかり、鉤のようにひっかかり、無理に引き出すこともできない。
なお悪いことに、このルーターはバッテリーの交換はできないともされていて、裏蓋は簡単に外すことができない。
結局、ドライバーや鑿などで接着剤でも塗りたくったような蓋を引っぺがし、それがために破壊しつくしたというわけだ。
なぜ、かように性急に破壊したかというと、上記の理由から4G、150Mbpsの中国製ルーターは元に戻ることは不可能で、内側に落ち込んだSIMは、出発を明後日に控えた当方には、買いなおし、テストする暇が必要だったからである。
その後、すぐにAMAZONに、壊したルーターの機能に近い、同じメーカーの輸入品を注文し、翌日到着便で届くはずである。値段は半分以下ではあったにしても、だ。
このため、よけいな出費、一日の浪費、旅行前に誰かさんにうまいものでもなんて思っていたのになあ。と、屑籠の中でばらばらになっている器械を見ながら嘆息しきり。

1 2 3 4 5 6 7 8 9

見夢録: 2015年04月08日-30日

1 2

日録■2015年04月08日-30日

■2015/04/08 11:51
【かけら】
Haze
昨夜から、のどの調子が悪く、風邪をひいたような感じ。
たしかに、昨日はBukit Bintangにいてひどい雷雨に遭い、逃げ込んだメガモールではクーラーに十分冷やされていた。
しかし、昨年のことを思うに、これはHazeなのではないか。昨日、ペトロナスタワーは非常に曇っていたし、季節的な大気汚染なのではないかと考えた。
のどは痛いが、少し熱っぽい感じはするが、その他の症状はない。デング熱も疑ったが、それもないようだ。
昨年はマスクをするようにしていたら、いつの間にか軽快していた。
今回も、対症療法はマスクなのかもしれない。

■2015/04/23 00:56
【かけら】
KLの真夜中。
なんと、仕事ばかりしている。
大きな辞典とそこから書籍になったものをさらにドッキングするという作業を日本語から離れた地でやっている。
それも検証できたので、あとはFTPで送るのみ。1カ月半かかったなあ。そろそろ次の異国のことを考えないと。
仕事の合間に、なぜか藤永茂という物理化学者の書いたものを読んでいる。
近い思いがあるのだろうか。

■2015/04/24 10:47
【かけら】
「幻の詩誌PDF」リンクの公開。
●詩誌『地獄第七界に君臨する大王は地上に顕現し人体宇宙の中枢に大洪水を齎すであろうか』略称フネ(1975-)
●詩誌『緑字生ズ』(1983-)
資料として、サイドページにリンクを掲載した。

2015/04/24 23:05
【かけら】
いよいよ開始するぞ! KLの部屋だ。
DSC00884[1]

1 2

見夢録: 2015年05月02日-31日

1 2 3 4 5 6 7 8

日録■2015年05月02日-31日

■2015/05/02 01:27
【かけら】
詩篇ができたので、掲載する。
マレーシアという異”教”の地に来ていることも影響しているのかもしれない。
世界はこのまま取り返しがつかないのだろうか、船出をしたときから。

2015/05/02 12:57
【かけら】
(画家のKL-PPメモ)
細胞自体の解放衝動として、以前に手がけていたボールペンの自動筆記を、形態、アクリルの色、水彩の技法などを織り交ぜて再開してみようと思う。
旅行中は目に入るものを素材にしがちで、注目点の素材(植物など)の完成度を高めたくなる。完成度というのは、写真のようなものである。
これはよくない。商業主義と評価主義が入っている。
それで、画像イメージが自動作成(存在の起点と宇宙とのtieのプラズマ状態)から出現するのはともかく、混交の雲の中から綿の繊維をさがすような作成態度をとりたい。
いや、それが現実、日常に干渉されることを避けることになり、初動機すら無用とできるかもしれない。題材、目的すら作品行為を抑圧しない。
つまり、作品行為の中に作品の原因を見つけ出すということである。
(2015.5.2, KL)

■2015/05/03 00:28
【かけら】
(画家のKL-PPメモ) のPPとはPhnom Penh、来月の初めにカンボジアに入国する。マレーシアのビザなしビザは3カ月で切り替えなのだ。
ちょっと変わった宿泊先で、カンボジアのアーティストがデザインしたroof topの部屋らしい。価格も安いが、なにやらおもしろそうな。
というわけで、来月はプノンペンと相成る。

1 2 3 4 5 6 7 8

見夢録: 2015年06月01日-29日

1 2 3 4 5 6

日録■2015年06月01日-29日

■2015/06/01 21:49
【かけら】
いよいよ明日、マレーシアを出国し、カンボジアへ。
プノンペンの宿泊先はちょっと変わっているようで、楽しみでもある。
しかし、この欄の本文がtwitterで表示されないのはどうしたことか。
Wordpressのカスタム投稿のプラグインの問題か、twitterの連携で抽出される方法に変更があったのか。
とりあえず、手作業でtwitterに返信しておく。

■2015/06/03 09:20
【かけら】
カンボジアのプノンペンに到着。
日本との時差は2時間。
宿泊先のオーナーの若いアーテイスト夫婦と待ち合わせするが、空港からのトゥクトゥクのドライバーが道をわからないらしく迷い、折からの驟雨。
けれども、懸命に探し回ってくれた。

アパートの5階のビルは汚れて崩れそうで、通路は狭く、真っ暗、水浸し。まるで阿片窟のような危険さ。
部屋は屋上にあるが、ここは彼の手作り。悪くはない。
水回りはよろしくなく、トイレもバケツが必要。当然、左手のお世話になる。
真夜中にATMでトラブルがあり、手持ちの50ドルしかないが、古いが立派な中華レストランでビールを2本にポークリブと牛肉麺を食した。安いのである。
マレーシアでは豚肉料理をあまり食べなかったが、あれはハラールの影響で、チャイニーズにもかかわらず豚肉料理が得意でなかったのかもしれぬ。

さて、あの廊下のために懐中電灯を買って、エアコンのない暑くて広い部屋で落ち着くと、なんだか妙に居心地がいい。

1 2 3 4 5 6

見夢録: 2015年07月02日-11月26日

日録■2015年07月02日-11月26日

■2015年07月02日 17:09
【かけら】
クアラルンプール、プノンペンの4カ月の滞在を終え、帰国した。
しかし、この梅雨の湿気は避けたかった。後半月、ハノイにでもよればよかったかもしれない。
ちょっと気にかかることが、家内に発生して。

■2015年7月8日 14:18
【かけら】
帰国して1週間。今回は元気で寝込むこともなかった。
しかし、ブログへの書き込みをする余裕がない。
家の中に緊張する事態が生じたからかもしれない。

■2015年9月13日 07:12
【かけら】
この欄のtwitter表示を改善するため、別のプラグインに変更した。

■2015年10月6日 00:09
【かけら】
久しぶりの記事になる。
週末から数日、パートナーの入院前の療養のため、台北で過ごすことにした。

■2015年10月15日 02:20
【かけら】
パートナーの休養のために行った台北で、Zenfone2 LaserをJP22,000で仕入れてきた。
LINEの履歴をコピーするので、まだセットしていないが。

■2015年11月5日 07:46
【かけら】
パートナーの入院治療が始まった。
7月初の帰国以来寄り添っているのだが、ようやく本格治療に入ることになった。

■2015年11月26日 11:49
【かけら】
絵と文章の創作を再開。
パートナーの治療のサイクルが始まり、落ち着くようなので、それに合わせて私も自分の仕事に向かおうと思う。ひたすら。

見夢録: 2015年12月01日-31日

1 2 3 4 5 6 7

日録■2015年12月01日-31日

■2015年12月01日 19:27
【かけら】
裏切られ、忘れ去られる力に
そそのかされ
こめかみから眠くなる
まぶたは雲の重み、かさなり
肉体の意識をゆらぎ立たせてさえも

2015年12月01日 20:27
【かけら】
初めから存在する物質を想像することは不可能だ
なぜなら、人間的想像力は後発性だから

■2015年12月02日 23:34
【かけら】
必要なのは破裂することばなのだ。地核での眠りから地表に上り、地面を伝って中足骨からいくつもの関節を跳び越え、脊椎から頚椎、頭骨へ、さらに骨格にまとわりつくあまたの血管を辿り、太い大動脈を引き裂いて、脳漿を膨れ上がらせ、ついにすべてを粉々にして、破裂すること。寝静まって、だれにも見つけられない真夜中のいたるところで、一瞬の、激しいひきつりが発現する。それらを起点にしていくつもの痙攣が波動となって打ち続き、その長い長い苦痛こそがことばのprimary tumor。粉砕された輝く無数の細胞の切片を巻き込み、熱く滾る血液、脳みそ、肉片の飛び散る渦、気化する状態のタイフーン。なによりも切実な痛みの群体!

1 2 3 4 5 6 7

アジアのディズニーランド化

 その場所は貧困層の集まるところではない。大きな道路の交叉するあたりである。
 子供が数人、地べたに這いつくばうように群がっている。女の子もいる。身なりもごく普通、特別に汚いわけでもない。
 そのそばを通ってそっと覗くと、彼らの中心には発泡スチロールのパックがあり、近くのゴミ集積場からもってきて、歩道の真ん中でそれを漁っていたのである。飯を手づかみで口に持っていっている女の子の顔が印象的だ。猫のようなしぐさ。
 プノンペンではもっと貧困な、親も家もないような子供もかなりいる。
小学校の清潔な制服を着て、それなりの家庭があるような子供たちがなぜ道端でこのようなことをしているのか。
 育児放棄、そんな気がした。 子供に対する親のありようが、もしかすると普通ではないのかもしれない。
 ひとつにはもちろん、内戦を経て親を失い、あるいは虐殺の当事者の子供が親になって、親子の関係がひと通りでないこと。何世代にもわたる、深い傷を心の闇に閉じ込めてしまって。
 あるいは、欧米の資本主義の急速な流入によって、異様な価値観がネグレクトを含む個人主義に傾倒していくために。原因を作った当事者たちが、アジアの代理人を巻き込んで、厚顔にも援助などという強欲資本を投入しているのだ。
 さらに、消費の構造が歪み、食べることを含め実質的な生活感覚が稀薄になり、金銭的価値観が優先されていく。まるで、飼育場の家畜のように太らされては「幸福」を吸い取られて。
 ディズニーランド化された商域に蟻のように群がるヒステリックな消費者たち。貧しさもかえりみずに。
 これらはまさしく現代資本主義に形を変えたコロニアリズムなのである。
 それは違う、豊かさの中に未来があるのだ、というかもしれない。
 だが、消費社会は投資した巨大資本に還元されるはずなので、消費し尽くした挙句に残されるものは、考えるだに恐ろしい新しい未来でしかないではないか。
 見夢録: 2016年01月12日

見夢録: 2016年02月02日-29日

1 2 3 4 5 6 7 8

日録■2016年02月02日-29日

■2016年02月02日 02:00
【かけら】
一点に重なるということ。
重なるということは包含されるということとは異なっている。
包含は全体性の概念だが、重なるということは独立[自立]存在でありながら、全体性とは反位している。
あらゆるそれぞれの存在は一点に重なり、同化していない。包摂されていない。押しつぶされているが、外延的なすべての一点が別々でありながら全体性を超克しているのである。
時空も宇宙論的次元も極小の始元も、ただ一点に収束している。
これが存在のほんとうのありようなのかもしれない。

■2016年02月05日 01:41
【かけら】



acryl_2016_02_01, Akira Kamita, 2016.02., paper, acrylic,408 x 310mm

2016年02月05日 01:55
【かけら】
アクリルの研ぎ出し。
最近、旅先で描いていたので、紙にアクリルだけになってしまった。
しかし、油絵のときと同じに、研ぎ出しの手法は相変わらずだ。
紙はアクリル、油彩用のもので、しっかりしている。

1 2 3 4 5 6 7 8

見夢録: 2016年03月01日-31日

1 2 3 4

日録■2016年03月01日-31日

■2016年03月01日 12:42
【かけら】
acryl_2016_02_07, Akira Kamita, 2016.02., paper, acrylic, F6
acryl_2016_02_07, Akira Kamita, 2016.02., paper, acrylic, F6

2016年03月01日 20:23
【かけら】
意識はたしかに脳のどこかで収束することから始まるのだろう。波動関数はそこで収縮し、発火する。脳組織のどこかの器官で出現し、発熱し、発光し、関係細胞に連鎖的に刺激を与える。意識もまた群体になり、この刺激も構造化され、これが意識形成の原発組織となるのかもしれない。

2016年03月01日 23:59
【かけら】
この群体は組織となり基幹となる。そして、構造化されることで増殖組織となる。まるで癌細胞と同じだ。さらに、身体機能と関与することで、機能の身体化、つまり認識の活性化が生ずるのかもしれない。そのようにしてクオリアを、仮想の現実を獲得するのである。人間脳の内部で。つまり、生物学の機能するサイズ、分子レベルのサイズの世界で。ナノスケールの量子過程として。

1 2 3 4

見夢録: 2016年04月06日-30日

1 2 3 4

日録■2016年04月06日-30日

■2016年4月6日 14:20
【かけら】
昨夜遅く、息子と、中野の秘密のワインバーを訪れた。
プノンペンで知り合ったレストランの店主の紹介があったのだが、実現するのに8カ月を要した。
秘密というのは、バーのオーナーの意向があるからだ。ここを知っていた息子によると、小さいけれど知る人ぞ知る店ということだ。
いろいろ話すうちに、プノンペンの知り合いとその友人のオーナー、さらに同伴した息子の年がくすしくも同じであることが判明した。
そして、娘夫婦も、近くに住む弟夫婦も常連らしいことも。
さても、偶然とは一気に収束するものだなあ。

■2016年4月7日 06:55
【かけら】
神経細胞の電位差の測定実験により、行為が先行し、意志の選択が生ずるとされる。このとき、意識は行為の中途でこれを否定することができる。つまり、自然発生的な行為を判定して、それを否定して行為を中断するか、判定せずに行為を成就するということである。この判定の収束が量子状態であるわけだ。自発的な行為は自然の予定調和であるが、行為の判定が成立することでなされるのは、行為のコントロールとしての自発性の拒否という考えがある。これは、その神経細胞が意識的に判定するということではなく、判定自体が確率的な収束であるのだ。つまり、意識の恣意性は行為の選択には関与しておらず、この細胞の肉体的機能を自由拒否という判定の結論が動かしているということにならないか。
ここにきて、意識と意志は乖離しているとみなすことができるのではないか。

1 2 3 4

見夢録: 2016年05月05日-31日

1 2 3 4 5 6

日録■2016年05月05日-31日

■2016年5月5日 02:1
【かけら】
twitterの投稿のリンクにJBLの紹介者であるオーディオ評論家の故・岩崎千明さんの写真につながるものがあり、中野のJazz Auditoriumに通った一時期(1970年代初頭)を思い出した。大音量のコルトレーンを聴きながら詩を書いていたときのことを。
1987年刊の『緑字生ズ』に所収した「082 (闇の凍りつく……)」が、この頃を思い出したものだったので、twitterに投稿してみた。

2016年5月5日 21:30
【かけら】

Wood_pen_007, 2008.9, ballpoint, Japanese cypress, 3.0×30.6cm

Wood_pen_007, 2008.9, ballpoint, Japanese cypress, 3.0×30.6cm

2016年5月5日 21:50
【かけら】
木片や厚紙の長いものにボールペンなどによった線画を少し露出してみる。

2016年5月5日 22:01
【かけら】

ボールペンを用いた断片(3) picture 2004.11, water ball point, paper,82×595mm

ボールペンを用いた断片(3), 2004.11, water ball point, paper,82×595mm

1 2 3 4 5 6

見夢録: 2016年06月01日-30日

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14

日録■2016年06月01日-30日

■2016年6月1日 00:48
【かけら】
作品の寄稿を重ねている金石稔氏から、近々、川村美術館を経由して上京するとの知らせがあった。
それで思い出したのだが、十数年前に川村美術館のロスコーの壁画に特別に強い感銘を受けたことがある。あの赤い色の部屋で何時間も不思議な思考にひたされていたことを。
それにしても、左指の痛みがとれない。

2016年6月1日 03:58
【かけら】
Think 1, 2009.1,colored pencil, paper, F6(41.0×31.8cm)
Think 1, 2009.1,colored pencil, paper, F6(41.0 × 31.8cm)
⇒Works

■2016年6月2日 17:30
【かけら】
pencil_2004_08_MAR_006, 2004.8, pencil, paper,192 x 265mm
pencil_2004_08_MAR_006, 2004.8, pencil, paper,192 x 265mm

2016年6月2日 23:48
【かけら】
過去記事投稿はRevive Old Postというプラグインを使ってみることにした。
左指は左肘、左足指に痛みが循環するようだ。しかし、右に行けばこちらは回復するはず。
梅雨が始まるので、ちょっといやな感じだが。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14

参院選と都知事選後の雑感

1 2

1. 日本ファシズムの始動か?
7月31日、ア○首相が橋下某と会談しているとのこと。
いよいよ日本ファシズムが始動するのだな。
これからは足が速い。戦争体制に向かっていくのだろう。東京オリンピックなど、どうなることやら。
民進党の党首がリタイア宣言したが、分裂は参院選敗北ですでに自明のこと。
こんなことなら、端から蓮舫を都知事選に出せば風向きが変わって、参院選の結果もおのずから変わっていたのかもしれない。
そんなことも読めない民進党のア○幹部が野党を牛耳っているのだから、四分五裂は避けられまい。
それにしても、あんなところの党首を現実的な選択とした蓮舫女史も、先が見通せないものだなあ。
女性改革者として先頭を走る道を踏み外し、みすみす女ファシストのビジネス手法に飲み込まれたのだから。

2. 東京電力と新情報システムのインフラ統制
昨日、東京電力から電力メーターの設置案内が届いた。
これは、どうも、電力販売の自由化を騙って、東京電力の営業部門を切り離し、本体をホールディングカンパニー化して、支配を強化するように見えるのだが。

1 2

見夢録: 2016年07月01日-31日

1 2 3 4 5 6 7 8 9

日録■2016年07月01日-31日

■2016年07月01日 09:53
【かけら】
(Godardについての覚書)
――『勝手にしやがれ』

常套的な布石が豊富である。つまり、この映画ではストーリー性は効果としてだけ位置づけている。
台詞、しぐさの象徴性、繰り返し、駄洒落などによって非連続性を意識させ、観客の視点をひきつける。そのことで逆にわかりやすい印象だけがあらわれ、新しい時代のフランスに受け容れられていく。

■2016年07月02日 12:13
【かけら】
(Godardについての覚書)
――『勝手にしやがれ』

アメリカへの憧憬と距離、新しい知性と時代についての関心。
道路では盗んだ高級車がひっきりなしに走っている。
アメリカ映画のポスター、テレビのインタビュー現場、電光表示で次々に流されるミシェルの追跡ニュース、ひっきりなしに手にされる新聞、時代は情報で溢れていく。

2016年07月02日 05:50
【かけら】
(Godardについての覚書) ――『勝手にしやがれ』
モノクロのハンディカメラでとらえた夜のパリはいいなあ。

2016年07月02日 15:29
【かけら】
(Godardについての覚書)
――『勝手にしやがれ』

しかし、本質的には、事件やストーリーを追っているのではない。ジャン=ポールとジーン・セバーグの会話、ことば。とくにパトリシアのアパートの狭い部屋での近代の知性と無教養さとの衝突と抵抗。
ゴダールの哲学的な言明が、両者のそれぞれの立場から溢れるようになされていく。これが、ゴダールのもっとも「らしい」スタイルだ。
さまざまの引用、文学、アート、建築。あらゆる引用という断片、映画のカットも断片の重なりであるというフィルム編集、場面の交錯。
ここに、立ち上がる新しいフランス文化、思想の息吹きが感じられる。イタリアのヌーベルバーグとは異なった、知のフランスへの突入を強く印象づけて。

1 2 3 4 5 6 7 8 9

見夢録: 2016年08月01日-31日

1 2 3 4 5 6 7 8 9

日録■2016年08月01日-31日

■2016年08月02日 00:05
【かけら】
acrylic on paper, 267 x 384mm, 2014.6., KL
acrylic on paper, 267 x 384mm, 2014.6., KL
⇒Works

2016年08月02日 00:15
【かけら】
(Felliniについての覚書)
――『サテリコン』

エピソードには、サーカスの要素が満遍なく鏤められ、また肉体賛歌からくる、肥満、畸形、エルマフロジットなど、めくるめく天国とも地獄ともつかぬ人体劇が展開される。

2016年08月02日 12:39
【かけら】
(Felliniについての覚書)
――『サテリコン』

もちろん、舞台は贅沢にも遺跡や石造りの邸宅など、生唾を呑み込むような絢爛さだ。
ストーリーやつながりなどに惑わされる必要もない。画面、場面が圧倒的な芸術なのだ。
造形力と想像力、まさにフェリーニの天才の勝利である。

2016年08月02日 14:39
【かけら】
(Felliniについての覚書)
――『サテリコン』

ところで、作品中に般若心経の読経が流れたり、アジア的な楽器や音楽がかなり使われていたようだが、中東からアジアへの関心が、カトリシズムに対置させるような意図があったのだろうか。ニーノ・ロータの音楽はそのような意味で興味深い。

■2016年08月03日 09:58
【かけら】
(Felliniについての覚書)
――『フェリーニのローマ』

フェリーニの、ローマへの愛の賛歌ともいえる。
また、映画とは芸術であるからすべて断片であり、すべてが総合化されるのは個々のシーンの全体的な把握においてである。
そのような意味で、ドキュメント的な手法は独立した断片を扱うのであるから、重要な方法となる。

2016年08月03日 10:06
【かけら】
PP20150615, Akira Kamita, Acrylic, Ballpoint pen, A3, PP
PP20150615, Akira Kamita, Acrylic, Ballpoint pen, A3, PP
⇒Works

■2016年08月04日 11:58
【かけら】
(Felliniについての覚書)
――『フェリーニのローマ』

もちろん、このドキュメントは単に現実の出来事に限定されているのではない。
『ローマ』の場合、フェリーニの回想から始まる思いつき、幻想化、妄想化、ローマという古代都市・現代都市が生む幻想と妄想のイメージ化、さらにそこから生まれるフェリーニ自身の独特の奇想、幻想、妄想、あるいは思想的、政治的な感覚、日常的な生活感覚などがその骨格をなしていく。

■2016年08月05日 10:50
【かけら】
(Felliniについての覚書)
――『フェリーニのローマ』

この映画のいたるところが、とても懐かしい匂いと息づかいに蔽われている。アパート前の路地に広がる喧騒の食事光景など、肉感的にとてもなつかしく、そこに浸りきりたいような感覚が生じる。

1 2 3 4 5 6 7 8 9

見夢録: 2016年09月01日-30日

1 2 3 4 5 6

日録■2016年09月01日-30日

■2016年09月01日 07:20
【かけら】
(『豚と軍艦』についての覚書)
――今村昌平『豚と軍艦』

また、強いヌーベールバーグの影響がある。現実を客観的に把握するということと、その醒めた目で路地、海辺、船着場、裏通りの飲み屋、売春街、軍艦のある波止場、横須賀駅などが捉えられる。

2016年09月01日 07:30
【かけら】
KL20150514, Akira Kamita, Acrylic, A3, KL
KL20150514, Akira Kamita, Acrylic, A3, KL
⇒Works

2016年09月01日 13:34
【かけら】
(『豚と軍艦』についての覚書)
――今村昌平『豚と軍艦』

しかし、コメディということもあるが、すべての役者の演技が日本的な名演技で、このあたりがフランスやイタリア映画の虚無的な描き方と違って、独特の味のある日本映画となっている。
その分は新しい映画ということではなく、戦前から続く日本映画の諧謔と奥深さなのだろう。

■2016年09月02日 08:30:
【かけら】
(『豚と軍艦』についての覚書)
――今村昌平『豚と軍艦』

それにしても、独特の巧い演技をし、それぞれに強い存在感のあるすばらしい役者がこんなにごろごろいたとは。コメディタッチの演技は、日本人役者が世界一かもしれない。

2016年09月02日 18:38
【かけら】
(『豚と軍艦』についての覚書)
――今村昌平『豚と軍艦』

ところで、欣太と春子のおしまいのラブシーンで、ジェルソミーナのテーマのようなメロディが流れていた。
しかし、これもフェリーニの「道」とは反対に、絶望の中の希望ではなく、希望の中の愛のようだ。

■2016年09月03日 15:22
【かけら】
(『豚と軍艦』についての覚書)
――今村昌平『豚と軍艦』

ラストでの春子の強さは、やはり独特のものだろう。
この欣太亡き後の春子のシーンは、当時の急速に回復する日本の状況と無関係ではない。製作者の中に、立ち向かっていく強靭さがあるのだ。
また、長門裕之の演技は特に優れている。こんなに巧かったのかと、いまさらながら感心した。

1 2 3 4 5 6