カテゴリー別アーカイブ: 旧作詩篇

旧作:19901216: サトシという少年の冒険

サトシという少年の冒険

サトシという少年の
頭脳の向こうにある頭脳
誕生しつづける速度という
星のありうべき命に符合して
光の色を越えた色の光
はだけた胸をするどく開いた
肉の迅さ その裂け目
サトシという少年の
てのひらに包まれたものの
熱い叫びを測るものは
サトシという少年を産んだ
ふるえつづける世界と
そのたおやかさを抱く腰
この街は
彎曲すべくもなく
熱く熱く眠る 風の都市
 父の役目にある男は いかなる場所においても 愛と哀しみにまつわる ひどく土俗的な 早朝の踊りを ふたたび目蓋に思い描くのである

だが
サトシという少年の
想い出に付随する沙漠
偏光する丘、断面、動物の壁
再生する水の色、かおり、味、水という律法
成熟前の姉の匂いやかな髪の愛撫
かろやかでつつましい眠り
父と母がつらなっている 前方
サトシという少年の夢の向こうで
やはり橋はつづいているのだ
 父は愛という非現実的な言葉の もっとも現実的な皮膚感覚につきうごかされる

音だ! 季節最初のワインの勁さ
南から北をつらぬき
こぶしを叩き
未来というあやふやな部屋を
うちのめす

サトシという少年の打楽器!
打楽器!
宇宙の耳鳴りの一斉射を浴びた
父親を称する男は
瞳の向こうに星を棲わせた少年の
名前を呼びつづける
少年の名は
サトシ!

‘90.12.16.

旧作:20030605: 画家になる少女

画家になる少女
  ――初めての個展で

水に溶ける
絵の束を抱えた 少女が
ふりはじめた雨足に
逐われている

街の灯が乱反射する時刻
建物の壁に貼りつく人々

おい、ここだ、ここだ

少女の描いた 鋭い曲線が
やはり 刃物のように囁く
おい、ここだ、ここだ

たったいま走り出た
画廊の 余熱が
全身に満たされている

わたしは絵を描くためにのみ
生きているのだ

少女の性急な想いが
雨に濡らすまいと その
細い腕に力を伝える

ひとりの画家が
生まれたのかもしれない

[作成時期]2003/06/05 [改訂] 2015.2

〈存在と宇宙論〉20060428: 「宇宙音楽」の事象地平ビッグクランチ

「宇宙音楽」の事象地平ビッグクランチ

僕はmicaのように
剥がれ落ちるべきものが好きだ
か細い線、透明な薄片、かすかな光
ある種の記憶のような

僕はmicaのように
重なりつづけるものが好きだ
色彩がとどこおり 消えてゆく平面
忘れうべき記憶のように

近づいて裸眼で凝視すべきである
重層するプレパラートに
複雑な罅割れが生じ
僕は閉じ込められる

幾多の異相が 本当は一つであるように
こちらに光があるのか あちらに光があるのか
物質は存在するのか しないのか
僕はそのあわいの事象地平ビッグクランチで押しつぶされる

第12回個展にて
[作成時期] 2006/04/28

旧作:198402: 水の眠り

水の眠り

なでしこの散るホタル
器と器の重なり
骨のつながり
かすれた色の花びらが
さわさわと
砂となりてこぼれ落つ

数ヘクタールの皺、父祖の脈搏
雪を割って
光の帯となり
過去をいままた過去として
とどこおる川、小川よ

水を洗うべし
たたえられたものは味方ではない
むしろヒユ
それもテランセラ
はだらの中に血のにじむ

水を透くべし
こねて叩くべし
いさぎよく匂いを消し
そして静かに死なしめる
だが

だが
半肉体と半精神の
輪郭のなさは危険だ
室内は眼の袋
祈りの手が窓櫺そうれいを破る

息をころしたパイプオルガン
神の形を遺すしおれた布
白磁の中に眠る水
革命以前に建てられた教会は
いまは傾いで立入禁止

[作成時期] 1984/02
[初出] 『詩学』第39巻第2号、1984.2

旧作:197302: 拒否方程式

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拒否方程式
  七色分割のためのエチュードVII

国家は解体しても
関係に服従することにかわりはなかった。
  ――堀川正美「ゼロと世界工場」

憑かれたように午後をめくる
あの前史の一ページにふれても
かすかな 音(*)
不吉な電報のように
かすかな音
ガラスにつつまれた森の
深呼吸 それは
ハッピイエンドの暗転
きりたつ渓谷の濃密な暗部を背負い
胸いっぱいの虹を呑み込む
黄変する顔を吊り下げ
きな臭い空空のまたへりへ
昇っていこうか ああ
雷雹の炸裂音!

日時計の闇に示す尖塔
こだまする過去を鳴らして
まっしろに透ける巨象
あらゆる関係を虚妄の渦として
呑み込む虚妄国家 そう
回帰のための永遠の
緑の奔流! 乱反射する
噴水池のつめたい銅貨
(かたかたぜんまいが弾けていた)
なぜ ここに広場
くりぬかれた樹海に浮かぶ
虹の光圏!

1 2 3

擬宇宙論:5191: ただ一点に

ただ一点に

あらゆるものがただ一点に重なっている。

空間も時間も、さらにはすべての次元も、あるかないかを問わずに、ただ一点に重なっている。

[作成時期] 2007/12/10

旧作:1980: (グァダルーペの傾いだ教会)

(グァダルーペの傾いだ教会)

グァダルーペの傾いだ教会
陽気なメキシカンと騒いだ翌る日だから
明るい太陽の下でも暗い
ムチャーチャを追い廻すしか能のない
あいつに聞いたのが
不思議な布の話

グァダルーペの傾いだ教会
メルカードの奥で手に入れた堅い肉と
あまりに苦い人生のコーヒー
血のついたナイフをこそこそ見せる
あいつに聞いたのが
不思議な布の話

今はもう
ビルディングみたいなパイプオルガンが
眩いばかりに堂々として
世の中の信心をみんな集めたみたいな
メキシコ一の教会

アミーゴよ
光の中に布は見えない

隣に朽ちかけた教会が残っている
生きた人間はみな近寄らない
アミーゴよ 食いつめ者の死者たちよ
マリアの像の描かれた
不思議な布は
そんな闇に眠っているのだね

[作成時期] 1980

旧作:1980: 暗い風

暗い風 「定稿」
  ――――アルゼンチン・タンゴの曲詞


窓を開ければ 深い夜にふれる
古き水のゆらめき 暗い河
ひとは眠りゆく ふり返りもせずに
哀しき日々 恋のみぎり 想い出の
狂おしき命を 燃やしきったこの部屋
情熱にいだかれ 闇もくずおれ
今宵ひとりで 寒い風を愛す
涙こらえ 夜の気配 たわむれの


くちびるにふれる 凍りついたガラス
指の先にこぼれ落ちる 熱き涙
ひとみの彼方に 青く澄んだ希望
心みちて尽した日々 そればかり
絹のシャツは裏切り 気の遠くなる夜
破り捨てて叫んだ さよならと
眠りについても むしばまれた夢に
なにもかもとどこおる 風さえも


風を頼りに 夜を流れていた
光ふるえ わたしの影 失われ
夢を捨てた あの人はいずこ
時は過ぎて ひとり侘し 歳ふりて
鏡とって映した わたしの顔 この部屋
髪は白く やせこけ Rosa pálida
想いいだしえぬ あの人の名前
夜はすでに明けても 空は暗い

ずっと気になっていた1980年ころに書いたものを一部訂正した。
[作成時期] 1980

旧作:19720530: 裂ける

裂ける

裂ける
意志を孕む下腹を裂ける
早熟な朝の儀式を裂ける
裂けながら 礫石さざれ

裂ける
ねぶりから裂ける
闇忘れの麝香色に裂ける
反照する亀頭の瘡蓋に擦る

流線型の時間を裂いて
つめたくさみだれる
世界をほおばる
ねぶられる下腹を裂いて
鱗翅目を裂け出す
透明な過去が発光して
白昼を霧に裂ける

裂ける
裂けて堰を切る
欲情や情熱や
精神病理――

ことばを裂ける
時間を裂ける

裂ける
歓びを裂けて
宇宙を焦げつける

下腹から取り出される
憎しみが 裂目の痕跡を
裂け回る
感覚を裂かれて夢となる
錯乱を裂けてからは 何も
生み出しはしない

裂ける
極限から裂ける
空気が乾燥してから
唇を裂ける

非在を裂ける……

1972.5.30 正午
(『現代詩手帖』昭和48年3月号 1973 石原吉郎・選)

[作成時期] 1972/05/30

擬宇宙論:4905: 〈存在と宇宙論〉引き離されて

〈存在と宇宙論〉引き離されて
  ――対称性について

引き離されて
引き離されて 引き離されて
重力が生まれる
おまえがゆきつく先は永遠でも
おまえの辿ってきた道筋には
おまえの元の場所への記憶が刻まれている
そこは何もない場所だが
何もないことから生じた空孔がある
その空孔も おまえを探して旅している
のこされたかすかな想い
だが か弱いこれらの力こそ
無限の距離に残された
物質分割の 無限の力だ

[作成時期] 2007.09

旧作:19720529: 顫える

顫える

顫える
顫えて粉る
薬物溶液から培養されて
骸骨まで冷える

泥かむりの青天の午後を
呪われておとせ
荒廃の糜爛の舌を
顫せて……………

小刻みに男根が感触する
爛れた郷愁や
錯覚の針痛や

人影が消える
粒れて消える
視界が顫えて
蛇がくねる

度ぎれた湿度計や
塞がれた家屋の心度や
まとまらぬ思考劇やが
繊細に顫立する

甲州術道の
月経メンス
ピル調節が
解放する…善意を

胃壁が顫える
十二指腸が潰瘍する
肝腎の小刻みな腐蝕
薬物溶液に浸たされて
魂顫え
魂顫え

非在が顫えて……

(1972.5.29 正午)

(初出 詩誌『立待』第8号/昭和48年9月刊/発行者・佐藤泰志 1973 )

旧作:19720531: 繰れる

1 2

繰れる

繰れる
繰れづけて
命を繰れて ひきかえに花
横恋慕や
的外れの罵言を

繰れる
生命線の膨張系数
たゆたふ蟻酸の毒素を

深夜の階調と
暗転する航路
繰れてから
魂繰ぐり
白笹の沼を翔ける

繰れながら
鮮血が放尿

繰れる
忘れ菜の血縁や
破爪する酒精アルコオル

デモ隊の昂ぷる蠕動
梅雨に散るアジビラや
死線の浮游や

生命原線を脂ぎるア・ラ・カルト
敗北通知書の蒼ざめた朝

繰れて――

1 2

旧作:19720612: 繋ぐる

繋ぐる

繋ぐる
反照の緑葉からこぼれる紙凧
繋ぐれて 夜をこぼれる
繋ぐれのままふりかえり
透明な卵がころげて……

繋ぐれよ 夏に
葉洩れる扁執をさぐり
繋ぐれる沈丁花を開いて
そこに 閃光する意識

玉藻えの炎のひと垂れ

繋ぐる
さみだれの朝を垂らせよ
繋ぐれてひしゃがれる
絶望の意志をからめて……

苛酷な発声に映えよ向日葵

繋ぐれよ
からまわりの虹から繋げ
白昼のビロードから割れて
午下れて繋ぐれる

真夜中の黒十字から石つぶて
バリケードが卒塔婆されて
空財布される

繋ぐる
乖れる肉体のアカシア未生
夏へ収まれて死が孕む
繋ぐれる早朝の懈怠から
繋ぐるざまに後遺されて――

繋ぐる 紙吹雪く死片
自動小銃からばらまかれたアンニュイ
繋ぐれる肛門アーヌスに抱われて
愛のテーゼに括られて――

非在が 繋ぐれ……

(1972.6.12 PM11:00)
(初出 詩誌『立待』第8号/昭和48年9月刊/発行者・佐藤泰志 1973 )

[作成時期] 1972/06/12

旧作:19720614: 添える

添える

添える
吹きこぼれる感傷
添えられて夜を識り
拒なな情行をとぎられる

添える
極北さいはてに沈まる予望
回顧欄から浮かばれる
失意さえ彷徨う

冥い宇宙の悪意から占術
散在する白薔薇を星座して

添える
添えられて意志せよ
霊たちを交感せよ
瞳孔に開いて夏が添え
添えながら
梅雨を秘法して
そらいろの鳶の絡め
添われて燻する海鐘……

添える
白蒼する顔うつしのとどめ
声帯を春するサディスムの醒め
捉われる夢の添え

緊縛フォトから反撃する私服のメモ
紫陽花の羞恥責まる黙秘の陽根

添える
唐草にくぐる黄玉トパーズの透し眼に
夏の溜まりから紅潮されて……
神添えよ 画布に燦く熱病のやりとり

添えつづけて
微かする虹の揺動から
おとしつづかれるロマンチシスム
たぶらかせる絶望を狭間して……

タイテエムの忍びなびく破砕
流浪を孕めて
つめたくこぼせて

添える
闘いのために祈りを
添われて鏡にぬける
刻の野辺送りに参画されて
奇しくいちじくの実割れ

添えて……
非在から添われて

(1972.6.14 白昼)
(初出 詩誌『立待』第8号/昭和48年9月刊/発行者・佐藤泰志 1973 )

[作成時期] 1972/06/14

〈存在と宇宙論〉20060419: (選択的実在というはがれが)

(選択的実在というはがれが)

選択的実在というはがれが
幾層ものめくれからこぼれていく
ときには あまりに緩やかに
あるいは 過激なまでに劇烈に

点よりもわずかばかりに長さのある
そのことが発端であるのか終端であるのか
削除であるのか密封であるのか
隠蔽それとも新たな複合

断じて侵されてはいけない
この手が体が思考が
平面を色彩を刻印を
次々に実在させていく 解放していく

それは 宇宙を磨いているに違いないのだ
鏡のように磨いて
その中に体を入れていく
光の先が閉じるまで

2006.4.24-29 第12回個展に寄せて

[作成時期] 2006/04/19

旧作:19720615: 鬩ぐる

1 2

鬩ぐる

鬩ぐる
水晶をゆるむ塔に篝る
赤赤く発情される蟒を夜景
煌やまぬ埠頭からの鬩ぎ

鬩ぐる
青春に諒恕させて
儀祭をためらわせ
ふるえる存在のしがらむ

メビウス環を変成されて
彎曲の時制テンスが絞殺しながら

鬩ぐると
蒼光る海猫に鈴鳴り
いつか
銀濁される玉手箱パンドラを撃たれて
喪なう夏の変貌を出会う

鬩ぎ
鵄尾の死亡通知に鬩ぎながら
つづれ織る金箔のゆるみ
鬩ぐる不可解の時流
宇宙を孤島して残酷から燃えよ

地平線にもたれる疎水
戸籍簿をゆらめく数珠ぶるえ

鬩ぐる
解放区を裸足に駈けて
あらゆる戦慄の転がされ
鬩ぎながら空洞する意志の断たれ

1 2

擬宇宙論:48985: 〈美術衝動〉浮游するオブジェ

〈美術衝動〉浮游するオブジェ

clay_001a

clay001

巨大な絵(平面)の前で
かすかに廻転する
粘土製の球体の表面で
音楽の波が届いては
反射する

光もまた
波動の形式で
これを擦り抜ける

重力は
全宇宙からここに届くには
あまりに広汎で
かつ か弱い

球体の廻転を促すのは
確率のスピンであるに違いない

  2005.9.26-10.1 第10回個展にて

[作成時期] 2005/09/26

旧作:197404: 魔の満月 第一部(習作)

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魔の満月 第一部(習作)

直角に突き立つ例の空は腔腸動物のように謎めいた通路――大気圏外へ唯一障碍なしに薄暗く光を吐きながら回転する――となっていて ある周期によってその空の部分を過ぎる生物を捕獲する(その様は 何とも異様に生臭い息を吐きかけ失神させ それから徐々に正方形の薄っぺらなものに変形させる) 犠牲になったものを完璧に水平な地面(その涯は絶壁と仮定される)に重ねていく それは紛れもなく季節の転換期にとりおこなわれる有史以来の祭事である 謎めいた空間の役割は生物の類をその筒の向こうへ 観念とか霊とかいったつかみどころのないものに昇華させて送り込み また その代償に向こうからの金属と思われる物体(それは白光した立方体がこの通路を通じることによるのか あるいは他の何らかの作用なのか とにかく圧縮されいわば厚みのない正方形の塊に変化したもの)で交換し それを綿密に重ね合わせていくことにある 生物の選択は同一種類のものは除かれている 薄っペらな物体は厳密には広大な三角錐を構成していて 一瞥すると水平の三角形の白光する地面になっている 生物の遺恨(理由のない死に様を一方的に決定されたことから)が取り残されてその三角錐の内容となり それは呪われた尖った碑としてあるために同胞の地球生物を魅入りながら(実に取り残され閉じ込められた者にとって逆恨み以外に手はない)この謎めいた空間の交換作用に乗じることとなる 有史以来の憤怒の集積平面――この呪碑こそが 時には 極圏に棲むオーロラの精の助力によって(実は遠隔催眠法によるその利用)甘美な幻とも怪奇な現実とも また 嘔吐を呼ぶ妖しげな匂いともつかぬ画像を白昼にたち昇らせて 年に四度行われる祭事の前ぷれを任じさせられている 直立はするが移動不可能でただ天然の微々たるエネルギーの補給によって 無機物に等しいほどのろまな生存を続ける生物 そのため夢の中の世界を移動願望によって実在していると思い違いしている生物 この弱体の生物らしからぬ生物にも訪れる危機 そもそも逆恨みなどで目標とされるのは地球に対して強力な支配カを持つ生物に限られているが それも底を尽き出すと 石の様にひっそり生存している弱体のホモ=サピエンスにも洗礼は行われる 呪縛の平面はすでに強力な磁場を保有するほどに成長する それはその磁力によって あるいは磁場の操作によって空をきり 飛行自在の紙片に変貌して至る所に襲来することも考えられる 炭素を主成分としているホモ=サピエンスを粉末にしてその紙面に呪いの詩行として吸い取り それを謎めいた空間に持ち込み昇華させて無に交換する過程を 三角錐の六本の辺に覚えこませると 同種の生物を避けるという不文律がまるで阿片のような習慣性によって退けられ さらに耽溺する 傍目には紙片の魔術と受感されながら 彼の困惑しいよいよその本質を開示しつつ 下卑た姿態と怜悧な赤眼の醜い顔がしばしば現われる この至上の振舞いも魔の粉末の毒によるものである さらに この毒物はまさしくあの通路により宇宙撒布され その呪いの語こそ――

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旧作:197403: 魔の満月 第二部(習作)

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魔の満月 第二部(習作)

渦紋
首を絞めつける妖気が円形の数枚の花びらを放射し 右方に滴る青い呼吸器にふりかかる火山弾と ひらひら肉質の薄膜が音もなく明るみを閉ざす 緩慢な海を分けて 病的な蒸気機関車が左旋回する軌道沿いに 明方の彼方とともに 加速する 寝室ににぶく 影の遊離体が 滲みでてはいる 歯跡を浮かべるいぴつな乳房 めくるめく即興曲に交わる線分 画布を司る窓枠の中央から 拡がる冬景色 だがひとたび扉を放つならば 押し寄せる血の 激しい匂い 春のあとどりへ向けて このとき炎症を起こしている 銅貨を宙へ嵌ませ ずぶ濡れの帽子に返す そのしぐさに見とれている複数の船員 その脚すべてに活火山の錘りを括り ネガのように透明な複数の男色家 晴れあがる異国の丘に 光を迸らせる 同国人の彫刻 反転をくりかえしながら転がる反転のくだり 蝕みの厚い水の分子が 脂を浮かべている  硝煙が中心からうっすら消え込んで 同心円の鳥どもが一目散に 挑発する

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〈解離手帖〉2001: (交感神経に)

(交感神経に)

交感神経に作用する薬物を服用している。
面妖なことに、脳の活動部位が移動するのが、感覚的に捉えられる。
胃の内容物の移動とか、神経痛の移動とかと同じようにである。
絵画系の思索と文芸系への方向の切り換えも、脳に対する圧迫感から、変化の移行感といったようなものが生じる。理系の発想や読書の転換も、脳における移行の方向は異なるが、捻じ曲げられるような圧迫感によってなされるようだ。

[作成時期] 2001

擬宇宙論:4904: あらわれ

あらわれ

次元があらわれるのは
重力が生まれてからに違いない
なぜなら
真空である宇宙には
方向性もものの形もないからだ
重力が分離して
ものの形があらわれ
ものが複数存在になり
そのあわいに
方向がつくられる

[作成時期] 2007/05/10

〈解離手帖〉200112: (光は命を)

(光は命を)

光は命を奪い
暗黒は心を奪う

窓を閉めろ 今すぐ
厚いカーテンを降ろせ
間に合わなければ
最も暗い部屋に閉じこもり
ふたたび光を見るな!

そうして世紀の終るまで
暗黒になじんでいく
心は暗黒にとらわれていこうとも

[作成時期] 2001/12

〈解離手帖〉20011010: (俺の描く絵が)

(俺の描く絵が)

俺の描く絵が
ずっと並んでいた

まず星が降る
光の繊細な渦
強い渦
光の激しい球体

造形的な線の、面のイメージ
単色の、青の彫像の、顔のつらなり
あらゆる造形的なイメージ

ふしぎと、彩色的な絵はなかった

だが、生が終らぬのかもしれぬ
これらの絵を描きつづける運命?

[作成時期] 2001/10/10

〈解離手帖〉200105: etude群について

etude群について

稲光のような切実な白昼があって油絵具を買うことにした
八号の練習用キャンバスの白い表面は炎と激しい残火のせめぎあい
筆跡はオイルに滑る初めてのスケーティング、渦、トンネル、何世紀もの記憶
影と線が重なり合い、色が重なり 誘き出される妄想の破片
黒く黒く、うす汚れていく
発色が、刺激的な、高揚する煽情的な発色が欲しい、オイルを過剰に、過剰なオイルの海の上で絵具は疾る
ナイフが発色を追い求める!
建物の幻影から火が立ち上がる
炎の色が、黄昏の睡りの直前の狂気が 海の溶ける血の光……
形は色によって造り出されていく
魚が動きだし、植物の連なりが岸辺のゆるいカーヴを描く

[作成時期] 2001/05

〈解離手帖〉2001: (もの思わしげな)

(もの思わしげな)

もの思わしげな男の
うつむく角度の首の線
夕暮れの薄雲の色に映された
古い都市
ロマネスクの教会
ゴシックの尖塔
異端者の船出

紙の表面に泛ぶ油紋
物語の綴れ織り
浮かび上がる意志か
妄想を重ねる思考の影か
その頁に印刷された
オナニストの詩人の数行の詩

[作成時期] 2001

旧作:1980/(触れうるもの)

(触れうるもの)
福原哲郎に

触れうるもの
生ずべきもの
動かざりしものの移動
二星の直線上に眠る
反りかえった月

[作成時期] 1980

旧作:1980/車座の中の通夜

車座の中の通夜

――常ならむ 憂世の闇をたち逝かば
    かぎらう月の蒼く匂ふぞ

女の裸の尻を愛撫していた男が
葬式に参列する
どういう具合か
冬の深夜のことであった
子供がいなくて幸いだというと
そうではない
子供がいれば慰藉にもなろう
瘧のように拳をふるわせて
若い喪主が泣く
戒名をしたためた札が廻される
酔ってしまった
酔ってしまった
幽霊が座っている部屋で
寒さにこごえて
儀式が終る

[作成時期] 1980

〈美術衝動: 文〉(地下室といえども)

(地下室といえども)
  ――2003.6.6 初めての個展で

地下室といえども暗い場所ではない
むしろ 光り輝く宝石の埋まる場所
音楽でさえ
鉱物の発する コズミックな諧調

その純白の壁に背を凭せ
何処にもないものだ と
去りゆく老爺の声を励みに
また色の滲出法について
考えてみる

この部屋の天井には
自然光を擬した照明と
人工的な光の蛍光灯が混じりあって
いくつもの光点からの光を
壁に発している

その光の落とすいくつもの影の中にある
実体はいずれか?
浮かび上がるはずの照り返しと
深い翳りの境界を探してみるが
はたして 実体を探すことに
意味があるのか……

だが デッサンをつづけていくかぎり
影から実体を手繰り寄せることを
想いいだいているに違いない
ああ、はかない人間の空想!

部屋の壁に凭れている
自分の存在が
乱反射する光と
そのおぼろな影の中に
いつのまにか消失しているのに
いつ 気づくのだろうか

[作成時期] 2003/06/06

旧作:0007/イタンキ浜

イタンキ浜

海岸の砂山に登る五歳の子ら
これから記憶を積むこれらの子らの
取り戻せぬ記憶

妹と道を迷って
妹を置き去りにし
路地を辿って――

建物の反対側の丘で
火事があり
父が癲癇を起こして

五十円玉と線香と
父が子供の尻を抱く

[作成時期] 2003/02/22

旧作:1988/The impression, Scotland

The impression, Scotland

げんこの形をした山塊がどしんどしんと地にばらまかれ、その上に雪がかぶさっている。
そしてその底がglenだ。スコッチの頭にくるやつだ。
両側から、前から、後ろから、天から、降りそそがんばかりの急峻な山稜が迫り、もう、道の先や後ろがどこにあるか分からない。
二度とこの谷底からは出られないのだ。
日は遮られ、突然暗くなり、冷たい風がさらに冷たさを増した。
岩の塊があちこちに転がり、瓦礫が転がり、赤い土がはだけ、だが土はまるで溶けているように、存在感がない。
ヒースの株がいたるところに根を下ろし、強い風に姿勢を傾かせ、あとは濡れて凍ったごつごつとした光る岩肌、白と黒の混じった石やその塊。
僕はそんなとてつもないロケーションの中で、擂鉢の中の、なにか、地の果てのぞくぞくするような古代の荒涼の中にいるような気がした。

[作成時期] 1988

未刊行詩集『空中の書』21: 砌の下に  ――澁澤龍彦氏に

砌の下に
  ――澁澤龍彦氏に

石仏の首が
際限なく転ってゆく

賽の目も数えずとも
露地裏には秘密の部屋があり
男の肩には匕首が刺さっている
硝子の汗を噴いて
心臓は鉄
だらだら坂は小糠雨に光り
銀の鰈を縫い込んだ鞄の中に
スウェーデンボルグの著作が一冊
ガス燈が闇を円形に照す

決死の闘いとは
気障な溜息
鎖骨二本が急所である
額に五寸釘が打たれると
夜々の濛気が氷解する
水晶の坏に
経血は釣り合ぬ
竜騎兵を奪うには
腕力が肝要だ

球形の棺に
百科事典が葬られると
不気味な鳥類は
アポロンの箭で串刺し
浮揚する机上に
頭脳のモデルと
博奕打の肝
精嚢に
針と文字盤が蔵われる

女の睫に血が滲む
愛撫されても孵らない
名を呼ぶと
みぎりの下に沁み込んでゆく
誰もいない公園の向うに
朽た卒塔婆を見る

境内でけたたましく喋る
絵馬の中の神々
石燈籠に残された
黒髪の一束
物怪が御辞儀する

 初出 書肆山田「誌」1977C