カテゴリー別アーカイブ: 寄稿

寄稿: 金石 稔 「卯月に花嫁となるひとへの祝いに」

 

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(2014.4.12の紙田彰の娘の結婚の祝い)

卯月に花嫁となるひとへの祝いに 金石 稔

かすかなひかりがさしてすべてははじまる
未知なるもの 輪郭をもたぬもの かぼそい息と微熱
確かにその小さな椛のうてなにひそませ
あどけない面差しは新しい世界に向かう
《鏡子》と名付けられた幼子は
裸形をたゆまず脱ぎ去るために
しなやかに立ちけなげに舞うのだろう
望みは多くの宝珠ではなく自己のはるかな深みへの眺望
まなざしはきっぱりと現象のゆらぎをとらえ
名前を言の葉にするだけでなくイメージに描きさえする

娘は わたしとその妻の二人のふところに
涼しげな声とみじろぎと多くの眠りを置き土産として今 離れていく
目元に木漏れ日の下に喜び跳ねるリスのように けれども
きりりとした覇気を全身にみなぎらせて

陽光はおまえといとしいひととの小さな王国を輝かし
うるおいに満ちた夕餉をさらに至上の歓喜のひとときに変えるだろう

こまやかにそして華やかに その名のごとくまだ見ぬ明日を鮮やかに映す鏡であれ
さざめく初々しい唇で

無限に豊饒の歳月を数えなさい
のびやかな肢体 力強い鼓動 風にゆれる長い黒髪で
たゆまずたおやかに夢のなかに夢見て
目覚めるとその愛するひとがいつも隣りにあって おしまず
にこやかにほほ笑みかけて たくましくあたたかに抱擁するのだから

(2014.4.12の紙田彰の娘の結婚の祝いに寄せた作品)

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ヒメウツギ: 朴の木の下に植えました。毎年4月になると花が咲きます。写真は2015年の4月です。(撮影/紙田鏡子)

 

寄稿: 金石 稔 「【skrɔːl】(その1)」

【skrɔːl】(その1) 金石 稔

桃の実が枝になっている(走っている)遠景
〈つがいのけものの痕跡〉ときまぐれに名付けた空
落雷の一個が音もなく埋もれている
群青に点された夜の香水の一滴
音楽の奏でられる気配のとなり
渓谷と氷河がそびえ
眩しく緑に点滅
手触りを閃光として放っている
一枚の静かな紙裏にこもる季節
木漏れ日というまるで
機械仕掛けの
または振り出し式の
〈一句〉
目元の薄水とともにあふれる
木枕ごと弾ける部屋の片隅の銀河
記憶に嵌め込まれた落首
壁に朝日が細りやがて萎える
消滅についての憶測
回想が繁茂するという誤謬
昏睡のための歳月がけむり
背景に突風が控えている
〈草深い雲母でできた都市〉など
廃墟に象られ
飛び交うものの影や無言
(ことばの解剖図という語句)も
ふと浮上し
さらなる欠字をもとめて
波紋・風紋もなつかしみ
眉間に凪いだ渚を
彫りきわだたせることから
はじめる

(2016.2.11)

寄稿: 金石 稔 「【skrɔːl】(その2)」

【skrɔːl】(その2) 金石 稔

アルメルメリ
左右のひでり抜けて
仮名づかい色づかい
たをすく水
ススキしなる目元の
岸辺
ヒタヒタラ
どこからも遠いほのおの影々
追いすがる
カルカル
かたすぎて(註。肩、潟、過多、ありうる文字その補化)
おのおのの
おのうえの
ぬめるのどをのぞく
真夜中は一陣の風の名だとおもう
あるいは肌のきらめくくらがり
そうてくらがりを
あたためて拭き
去って笑う
ワレワラワラワレ
耳のうらに
ねずく(埋まる?蹲る?)ひかり粒
ひとつさえ見過ごして
声の色
、、、、
テンテン。
そして・・・

(2016.2.29)

寄稿: 金石 稔 「【skrɔːl】(その3)」

【skrɔːl】(その3) 金石 稔

昨日(平成26年3月1日)
純白の風に包まれた海
(のような時間がはじまり)
音はまったくしない
パターン化された幾種類もの鳥の
羽根が貼られた白い壁が
ゆれるばかり
ビロードのカウチのことが思われる
その上に裸の少女が横になり
誰も覗くもののいない窓から
誰か夢見がちに(だから、エロチックに)
その子を跨ぎこす
田園とそこに流れる小川をただちに
左手にずらし
場面から外す
この少女の物語は未完だから
書いたひとが描いたのは
顔を洗いつづける自分
彼の座った椅子がぽつんと一脚
平原にある
その上にだけ繰り返し秋が
訪れ
いまは翼のある豚が
座っているのが
見えるか?
明日が来て

(2016.3.4)

寄稿: 佐藤裕子 「石の囁き」

石の囁き 佐藤裕子

緑灰に斑が入った卵を呑むと目礼がひとつ走り野の始まり
 日向で干乾びた長い舌に幻肢を与え包囲する働き蟻
清らかな物は胸を抉る思い掛けない汚れを暴く夥しい正視
 屍骸を喰う腐葉土で肉化する声耳の数ほど多情な趣
逃げても探しても森から帰っても帰らなくても日没は門限
 息絶え寝室は乱丁した備忘録省かれる予鈴取り次ぎ
枝折りを忘れ踏む花に新しい花片を散らし誘き出す嗜血癖
 煮溶ろけた起床就寝の歯車食卓で荒び萎えた好奇心
光は燃え硝子の灰焼けた眼が諳んじる鳥瞰喉に戻る物の形
 死斑は滴り歪な球形を並べる啄ばむ嘴に深海の染み
均衡を支える両腕が飛び火を防ぐ傷口を開き生じる羽撃き
 鳥葬の台で独り妊る禁じられた問いは錠に重ねた閂
苦く膿んだ鍍金を嘴で剥ぎ窓を転げながら発達する複乳腺
 沈めた木漏れ日を川底に仕掛け大樹を昇る寡婦の星
褥は空席鳥も女も錯誤の仮眠一夜と数えられる坩堝を彩り

(2016.3.10)

寄稿: 佐藤裕子 「傍ら」

傍ら 佐藤裕子

誕生日右側に視野を分け与え眠る一人に一人が譲る羽根枕
 影と光の制服を着てわたしたちは迎えを待っていた
若返る女神を吊り下げた地下室精霊に扮し姿を失った父親
 半分ずつ味わう落胆と諦めへ吸収された本当の母様
立ち眩む頭上は何重の軌跡挨拶を早める型通りの明くる朝
 花吹雪が騒がしい裏庭から小波を曳き逃げる地平線
触る聞こえる見える隔て境目のない充溢から抛られた露わ
 可能性の怪しさを潰す外片寄り過ぎる遠景を断つ赤
姉であり心細い震え見知らぬ者か同い年の妹遅咲きの球根
 策を弄さず無垢は迂闊な命乞い愛玩物が備えた数多
隠れて泣くのはあなたじゃない可哀想な子はわたしだから
 短日月の幼年期を繭籠りで長引かせた回廊の賢しさ
抱き締め擦り抜ける温もりが失われぬよう互いを包む帷子
 謎謎が尽きやがて迎えは来る片方が消える娘たちは
花束の凋む火点し頃窓を開いて温雨の破線を一心に紡いだ

(2016.3.13)

寄稿: 佐藤裕子 「風信」

風信 佐藤裕子

スポイト状の杖は衰えた巻き舌馴れぬ喧騒が心拍を上回る
 蝋燭のシャンデリアを片端から射落とす猛禽の回想
風景を剪定し展望を正す慣わしは老境の余暇にも間断なく
 砕け易さ危うさで堰を切り陰画を明かす不用意な躁
無秩序な貪欲が引き摺る盛装は白砂の岸まで徘徊する混濁
 迎える旧市街が青山を耕し行人に数行の号外を渡す
触れた物が金になる右手抱擁で逃れ賢者は飼い殺しの懐中
 隙ない体裁を謀で支え青い額で覆した金魚鉢の顛末
群れに見る暴力は密告と口封じで祭り祭られる番が訪れる
 ふと折れ途切れ切り岸に佇み伸びる影タイトロープ
膨らむ尿意を跳ね橋へ追い立てもう行列が歓声に追い着く
 綱渡りで抛る一足枯れた川向こうから危急を告げ梟
生まれ変わりは屍骸から生まれる惨たらしいほど賢明な王
 罪深いほど許される遠退きに建つ城で炎に浮く椅子
空隙で綻びた一輪挿しが束の間を握る星座の形を記録する

(2016.3.13)

寄稿: 佐藤裕子 「紅筆」

紅筆 佐藤裕子

遠雷を避けても虫籠が顫える雄を食う雌を子が食うも言伝
 静止した顔は水温で緩み渉れぬ川を花に曳かれ海へ
螺子を巻き無意識を縫う南京虫文字盤を逆走る一途な喩え
 化身した死者は大樹に宿り足を濡らし両腕を広げて
生家の紋は酢漿夜閉じる葉に身を滑らせ冴える眼裏遠眼鏡
 瀬踏みする格子に入水のように迎えられ集いた相聞
手を伸ばし半島を羽織り隔世遺伝の出で立ちで帰る百年前
 絵空事が現を従え交わる水域熟れず落ちた実の重ね
目の利かぬ不寝番の袖を取り望郷が受粉する紅玉の林檎園
 出来事を漏らさぬ雷雨ひとつ残らず見尽くす千の眼
寝返りする幼虫は親知らず呼び交わしを数珠繋ぎする蒼天
 選んだ価の重みを試し水面は溢れ錬金に耽る夜明け
蛍火が拭った絎け針の躊躇い鶴を折る祈りで指を突く戯れ
 系譜に無い者憧れを抜かれた者潜み孫娘を待ち伏せ
紅指でなぞり唇は花降り頻る追憶の遥か水鏡で二色に別れ

(2016.3.13)

寄稿: 佐藤裕子 「鳥は知らなくとも」

鳥は知らなくとも 佐藤裕子

高熱で拐かされ行方が知れぬ手足は順路を食み出し迷い子
 鉱脈に根を下ろす砂山は宙天から零れ堕ちた地の跡
鈍重を曳く彷徨いが空へと続く川を下り四つ足で下る梯子
 保留のまま無限へ還る出来事が失くした人形と闊歩
創痍の太陽を共食いの雌雄が過る度火花を浮かべ滾る井戸
 道化師が現在を写し取る調べを運ぶ足踏みオルガン
用心深く夕景は紫を調合し止水を確かめ対岸へ進む修道女
 骨の者を訪う何度目の時効古の罪過は砕け金銀砂子
壊れ始めた他人の夢は未完灰になる薔薇には嘔吐する猶予
 トルソの両肺は翳りで読む手紙鎮火せぬ原を漂う壜
逢魔が時を照らす筆が欠落に胴体を挿げ送り届けた数日後
 倒錯衣装の脹脛に現れ消える隆起は残す擦れた刻印
思い掛けなく出会う水位を上げて見え隠れする画集の語群
 鳥に質す風向きは余計な煩い何の拍子で捲れた粗布
忘我と唇を染める時扉であり入り口と向かい合わせた思慕

寄稿: 佐藤裕子 「七月の便り」

七月の便り 佐藤裕子

イタドリの根元で風の切れ味を試すカメレオンの舌は蒼い
 悪戯に動機を捏造する日射し断ち割れば脂肪の滑り
滴り鬱金一頭の蝶蝶が潰れる後追い原色の塔を見舞う崩壊
 犇く群れの行動を左右するのはいつも先頭か最後尾
地を這う波柔らかな指を折りながら畳む営み畳まれる営み
 俊足で撒いた塵を払う半裸の兵士廃兵を捕る行止り
額を離れ眩暈滾りに錆浮く鍬形は使い果たされた触角一対
 石段の中途で行進に先を譲る遠国の獣異教徒の素足
曲芸師の御手玉が石となり弾むほど階は長く歌は節を失い
 静まり返る宮殿は妃をひとり坐らせたまま地へ没し
都に民は不在でした密林のポストのブレスを確かめ吐く息
 筆跡をなぞり惑う四つ辻流れを追う川筋驚いた水鳥
命取りを防ぐ標準装備翼竜仕立ての編隊が塞ぐ晴天に障り
 昨日の雨は生臭い滲んだ消印は幾日を経て届く足跡
飛距離は点と点を朦朧と繋ぎ彼の王妃は手繰ろうとしない

(2016.3.13)

寄稿: 金石 稔 「【skrɔːl】(その4)」

【skrɔːl】(その4) 金石 稔

夢の上を走る馬にゆだねた五体満願の
首すじを左の聞き手に持って
風に晒せば

空中に雲に包まれた北斗と夜汽車の
煙にまいた滝が流れ
渓谷に静かな(と形容した)夜明け

霊歌が聞こえる海鳴りがだから凍る
背には翼
手羽先に白線を引き入れて
懐かしい花火あるいは口うつしの死ひとつ

削られた瞳孔に鼓動の色彩をつなぐ
時に岸なし
一過性のゆるやかな痛み

(2016.3.24)

寄稿: 金石 稔 「【skrɔːl】(その5)」

【skrɔːl】(その5) 金石 稔

ただに
夢の遊びがことばになり
謎は奥の戸裏にひそみ消え
ならば息たえるまで
誰の肉になって輝けばいい?

《人間の水》はすでに南へ流れ
戻るのは半身
雪が残った片肩に解けると
ただ片方だけの瞼もうるみ
地を走る風にひかりがふき散ると
何もみえず
しらしらとはじめから
ことばであることを楽しめばよかった
だからただの一句もマリンスノー
時を砕いて海原を波立たす

虫族であれ魚族であれ
鳥族であれ**族一切であれ
これらに属さぬものの以外であれ

息するということは
躓くことにほかならず
ただに
遊びまわることは
夢にほかならず

(2016.4.3)

寄稿: 金石 稔 「【skrɔːl】(その6)」

【skrɔːl】(その6) 金石 稔

ここでは水さえ尖っている
一部分(やはり透明な色)
残りは(煙のように)漂う
香りなのだ
掴みようもないかわきで
見上げると
珠になって連なっている風
その中にめざめる
大気の輪郭は
猥雑でかなしい

(2016.4.7)

寄稿: 金石 稔 「【skrɔːl】(その7)」

【skrɔːl】(その7) 金石 稔

陽の鳩尾に深く
暗くなるひかりの指をかけ
ごぼぼと地にこぼれた
その行く末を見限り
後ずさる一本の樹になる
わけはない
めざめの跡は深々と切れて
切り裂かれた空と書けば比喩なので
どうしようもなく
《時》に遅れる
開ききったその切れ目が
閉じきる前に
すっと半身を押し入れ
ことばも何物もないのを
喉につまらせ
いっせいに
流れていく
腰折れの
川がある

(2016.4.8)

寄稿: 金石 稔 「【skrɔːl】(その8)」

【skrɔːl】(その8) 金石 稔

姿見に
素肩を見せ
ことさらに《鏡》の海をゆく
さらさら
寝返りに方位などない
おのれの名だけを
清濁両音でうちすえ
たそがれの分水嶺で
睡眠の影を絞る
おいた肌は迂回した
いくたびもの《断言》の顛末が
はいとなってまばゆい
背景に〈青ざめた〉唇がある
塩のにおいさえあしらわれて
声のコンパスで
冒頭から末尾をはかる
のっけから
なかったものばかりが
紙裏へ
消え
冷え

(2016.4.15)

寄稿: 佐藤裕子「帰還 I」

帰還 I 佐藤裕子

正装に選ぶ冠は黄ばむ花から紙屑に変わり老いて太陽が躄る
浮腫の脚が屈折を垂らし鈍るナイフを嚢に詰めた埋葬は滞り
言い包めるその場その場日増しに饐えて行く蜘蛛の巣の獲物
偽薬で爛れた顔貌を正視できず濁る水へ入る者が眼病を患う
患いが足へ伝染る頃には足は無く膿を舐めた渦から飛ぶ火粉
落雷に双肩を掴まれ類焼した文字列が水平線の方方を燃やす
息を継ぐ最中的中する口寄せ毛穴で喘ぐ疫病船が乗り上げる
虫の匍匐で進む黒子帆柱に供える犠牲を求め寝台を取り囲む
二度目は懐剣を外に向けた三度目なら悲鳴は巧妙に裂いた絹
侵入者を縛り付け傀儡師は吊るす痩躯を支える名残の妊娠線
蠢くほど物の姿は揺らぐ複写は狂うに任せ海図から消えた塔
巫女たちは壁伝いに滑る石段を降り杭で貫かれた捕囚を飼う
二十日鼠ほども回路しない思考を黄道へ流し込み暁は定位置

(2016.4.16)

寄稿: 佐藤裕子「帰還 II」

帰還 II 佐藤裕子

肉腫であろうと火脹れであろうと張り詰め受容ごと未生の時
星の群生を目撃した日から皮膚は滑らかに胞衣の役割を負う
熟れた水面の闇では足りず覗き込んだ人影さえ覆いに借りる
目は指よりも正確に触る伏せた目蓋を象る繭の無慈悲な官能
詩人は潰え幾世紀呪詛が贈る海は生暖かく密着し眼底を研ぐ
沈む魚の疲労も髪を結い髪を解く女も視覚から生まれる感触
獄の捕囚は水溶性で鋼の爪は発火せず星屑に変わる鉱物麟粉
望みが水葬ならば碇を焼き切る寝返りで摩天楼の舫いを解く
彼方まで毒を及ぼす詩篇の不死焚書と火刑の熱狂を引き摺り
あろう筈が無くても血文字或いは誰の声も求めない水の静謐
帳が謗る怠惰を知らず晩鐘は敷き終えた油膜へ紅薔薇を暈す
書物は扉を開き嗅覚を携え四肢の先端は視界を開くことばは
槌を振り痙攣へ没した風を水盤から放つ軀を連れて夢を出る

(2016.4.16)

寄稿: 佐藤裕子「帰還 III」

帰還 III 佐藤裕子

撫子一輪を添え朝霧が取り出す楽器は目覚めを遅らせる曲線
季違いの花と花を掛け合わせ奏でる調べ鳥瞰で捕らえた彩り
秤が違えば呼称も値も異なる貢物は過分な寓意を喜色に窺う
花粉に塗れた蘂を数え新たな眩暈を鼻腔に科する庭園の石女
情緒不安定な主人から学んだ読心術は悉く使役と化した守護
手前で裏切る予感を乞う不信は陰の性二重の自虐を弄ぶ紐帯
石を積み背を伸ばし天辺目掛け石を落とす南方の鳥の高笑い
感応は遠目にも音波を吸い熱帯植物園のドームを叩く狂い耳
趣向を変え見せ方に長けると露悪も徒労も純度に他ならない
日没前大樹の影が透かす埋葬囚われの庭であることを教える
戸惑いは怯えを含み見合わず歩調は簡素な音で暗黙を満たす
聳え立つ十六夜に望郷を錯覚させる星状花の貞淑な起居振舞
悲劇であれば長袖は禁物腕を上げ青褪め浮いた道筋を鎮める

(2016.4.16)

寄稿: 佐藤裕子「帰還 IV」

帰還 IV 佐藤裕子

松林が一方向へ靡く海底から掬った漂砂に噛まれる船を曳く
手擦れた鞄結んだ紐千切れ破れ声声も無く文番号飴色の手帖
いつの間にか現れては消える夜光虫濡れた胴衣で光るランプ
水を逃れた行き止まり境界の岸辺炎熱に追われた行き止まり
漁師たちの言葉通り変わる風は巡査が指したサーベルの方角
中身を振り切り握力で歪んだガラス壜が擦れた罫線を転がる
金無垢が歪む荒々しい指は瞼を開き数多の瞳をひとつにした
街は一目で皮膚が粟立つ違和を緑地帯と云う空き地に備える
水を巡らし飲み尽くされようと傾く樹幹腕を伸べる人の姿形
憶えているのかギロチン窓は暮れ始め視野へ室内を引き渡す
遠い処から戻り眼に入る光が独白する今日は昨日の明日だと
一旦は結実した羽毛の闇が雲の形を目印に行動半径内で迷う
後先を読む臆病な生き物が手で受けた罰斑点を残す朱夏の鞭

(2016.4.16)

寄稿: 金石 稔 「【skrɔːl】(その9)」

【skrɔːl】(その9) 金石 稔

もたれて
はじまる
雨だれ 青 海 光跡
賑やかなほむらがふちどる
bachのハープ
《シ》のコードがある
霧に包まれた夜の
樹海は
ゆっくり
眠りに
外へ縮まってゆく
カノンあるいは(突然の)(    )

(2016.4.24)

寄稿: 金石 稔 「【skrɔːl】(その10)」

【skrɔːl】(その10) 金石 稔

森あがれば
左手から抜けていく
69のことがら
水もます
あふれる指
つまむはなし
(吹く風のこと とうに忘れ)
こうさいを過ぎ
あやうい《ま》がさす
うねり からり 
ひと知らず
〈隻語の一片〉が
《ノド》を埋め
息が枯れる
夜を待て

(2016.4.24)

寄稿: 金石 稔 「【skrɔːl】(その11)」

【skrɔːl】(その11) 金石 稔

ふだらくにおちてみんかの
あるまじろあり
ぢべたのたびたびたびのたび
さかしろののびしろのつきかげ
まなじりをしばらく
たかつきすきまさかの
つかのまのあそびところ
ねこおすしまうま
うるむつやけし
きじるしのけはい
はい

(2016.5.5)

寄稿: 金石 稔 「【skrɔːl】(その13)」

【skrɔːl】(その13) 金石 稔

気配はあるがその
てのものは なく
色の棘はかすかに
見えたが 息はない
寒風やわらかに
星に流れる小川(b-ACH)
知らない 知らないものは 
しす(べき)もの
Aは(ナル)Aにほか
ならず もの
などと 笑う
べっこうの記述にある
遠乗りせよ
冬、彼 、の
くさぐさのうねりまで

(2016.5.10)

寄稿: 金石 稔 「【skrɔːl】(その14)」

【skrɔːl】(その14) 金石 稔

某日某時刻
室内は水で満たされ
そこに〈ひかりのコップ〉という名の
緑の丘と海波のうねりで象ったブーケが
浮かぶ
ねじれながら風も吹き
名のない木立を消していく
裏側へつづく川は
闇にまぎれ
夜ごとの談笑は戻らぬ
毛物の尾だけがそよぐ
ガラス窓の向こう
パンと炎
塩と絹糸がからみほつれ
排気のための透明な翼が
欲しい
星のない夜が
その街々での
たとえば
描写Aと神秘Bとの出会いは
細くなり
ごくしてきなものへ
縮尺され
洗い流され

(2016.5.18)

寄稿: 金石 稔 「【skrɔːl】(その15)」

【skrɔːl】(その15) 金石 稔

  暗黒の空に架かる月の下に世界は幻惑の譜を
  夢にみて最後のピアニッシモ”を敲く ――――紙田彰「魔の満月」最終行

昨日までは
〈世界の果てに〉出
かかっていた月
巨人族タイタンの異母兄弟のように)
オモチャ箱の中野 乱雑なあたたかさ
とずぶ濡れの帆布
とミニチュアのバタフライの選手のつばさ
と甘いイチゴ形のローソク

潮の匂いもつぎ足す
ここにいない者の視野に
陽は青々と流れ
沈む背景を握りつぶす記憶まで
も拾っておく
誰のものでもないから
捜り打つ
(指さしたつめのね)など
確かめはしない

(2016.5.23)

寄稿: 佐藤裕子「バッドランドから」

バッドランドから 佐藤裕子

単調な声音は綴りに換え流れ出す頬骨の辺りで心許ない靄
 大理石になる水を雲と言い大伽藍と指す遥かな岩山
螺旋階段を上った展望室の窓に息吹きを受け変色した地肌
 満月の肚は純金で肥え横顔に靡く銀糸滑り落ちて肩
淡淡とした口振りが禁忌を遮る為よりも苦痛の余りならば
 風下に立ち受け取る種大角羊が産む肉と豊かな毛皮
擦れたざら紙は記録する山の男たちは空を追われ座礁した
 割符を出す商人たち九十九折を行き交う様様な言葉
更紗に包まれた花嫁は贈り物が溢れる櫃で従順に身籠った
 揚羽のような嬰児鳥の眼を持つ娘空の女に似せた姿
やがて瘴気が追い付く地上の時間の千年は過ぎ始まる千年
 雅歌は語り羊は滅び夢になる町は初めからなかった
硝子があることを忘れ伸ばした指に冷気が棘刺す鋭い叱咤
 案内人が身に着けた古来の織物は毛羽立ち羽毛の腕
髪は煙り寄り掛かる壁は苔生し擡げた爪先から始まる石化

(2016.8.4)

寄稿: 佐藤裕子「砂の上の休日」

砂の上の休日 佐藤裕子

油断は容赦しない囀り憧憬が裏返ると焦燥だけが目に付く
 通過も後戻りも嫌う観覧車が最小の苦笑で吊る口角
不躾な舌を裂傷は許す問わず語りの縁を溢れる塩辛い色水
 浮き足立つ魚類の乱反射戦ぐ血眼にはスパンコール
複写の度に劣化し増殖時に死滅する有り様も見慣れた星屑
 継ぎ接ぐ箱の中身も知らず鉄骨を組む空中クレーン
空白に置く主語は爬虫類顔で喜怒哀楽のどの方位にも転ぶ
 自惚れで計を立てる段ボール迷路解体後は神経衰弱
付箋が情緒を担い投げ挿した違和が不在証明を無効にする
 古い倉庫で煌くオルゴール取り残された抑揚も商う
蔵の土壁に大漁旗を掲げると浮き玉の浮力はアンティーク
 海霧の母たちが腱を緩め孵したサイレンを遊ばせる
後ろ手で張る罠に事欠かない微睡み捲れる笑顔はみな盲点
 膨らむ面積を移動する灯思索が追憶に紛れ礫を積む
鬱蒼と連結するシャッターは海に向かう矢印露出した地層

(2016.8.4)

寄稿: 佐藤裕子「女狐」

女狐 佐藤裕子

襟元の斑が物憂いドレスは湿原で染めた裏絹夏毛を遊ばせ
 獲物を分け合わない雄たちなど見向きもせず野末へ
手荒に施錠を解く不揃いの覚醒時折り眠気を握り返す寒気
 根を広げ繊毛は走る五官を備え旅装を設え土を撓め
変態する虫の懐中時計風向計に立ち止まり不意に嘶く草笛
 急いた芽を噛むとき後退る味蕾押し除け熱持つ裏声
煙り始めた背景が点点と粒立つ額を反らせ受け取る輪投げ
 定理を示す谷地眼の邪な従姉妹はジョーカーも兼ね
明晰に捌く多重根泥が滲む頬に迷彩を刷く雨模様の気後れ
 目覚めてみれば月光は気怠く喉の辺で湧水は生煮え
臙脂色の絶縁体を境に挟み放電した三日月の顔はうろ覚え
 ケンタウロスのガラスブロックが十も二十も欠けて
巡り巡る季節を憶えていて滾るだけ滾り定まらず時間切れ
 嫉ましいほど美しい銀髪の王瞳が合えば攻撃サイン
蛇を呑むとき口から入り玉門を抜けるどこか肉感のある風

(2016.8.4)

寄稿: 佐藤裕子「十日特急112便」

十日特急112便 佐藤裕子

都市間バスの路面には発車時から並走する花がある白白と
 夜目に物言うオープンマウス聞き流す傍から曇る窓
寄る辺ない名当て所ない行方開く距離を堪える臆病な節度
 呂律の回らない振動音が接触するたび洞窟の反響音
毛布の包みは空カーテンの中は無人乗客は外出するもっと
 混み合う時間帯でも高速道路を飛ぶ命知らずの人人
盲野でトルソは仮面を探す頷く為の無表情より微笑む型を
 疎かにした日課は悔いリボンを掴み青毛を呼ぶ幼心
とうに昔話と傍観者を装う中空の庭師の落ち着かない手許
 どう選んでも同じこと熟知の迷路を探す迷うカード
帯封を切り濃霧を上り雲になる王王妃道化師や兵士たちも
 門を出て振り向いたあなたも仕草一行に働く鉤括弧
小まめに乗務員が通路を進むリズミカルな指差しカウント
 声のないことばで気管を狭めたアンバランスな笑顔
素知らぬ振りで花を拾い明日を迎える海の朝まであと半分

(2016.8.4)

寄稿: 佐藤裕子「廃園」

廃園 佐藤裕子

摩擦で剥がれ冷熱で砕けた月の箔が降り掛かり見る静けさ
 ラジオは無風を受信し聞きたければ聞こえる花の香
錆びた関節にも蜜蝋を含ませ楽師は待つ無言に従う奏鳴曲
 アールグレイは蒸発し数え切れない雨が乾く受け皿
花盗人を捕らえた大樹に深い条痕緑陰さえも蝕まれたまま
 竪琴の天使達が小枝を組む台詞を思い出す昔日の庭
傾いたテーブルは叢を払い病葉を摘む花籠から滴るリボン
 戯れが過ぎれば長い夜不穏な濁りの澄まない温度差
回転覗き絵の厚紙を首飾りにして横たわる胸像のレプリカ
 眼窩へ詰めた月光は身動ぎ続きを見せる夥しい落花
中庭で晩餐が始まる赤と黒で隈取した客が到着したならば
 背信には無関心躊躇いは許さない蔓薔薇は閉じた扉
迷う者を送り出す祝福の真似事と偽の査証で跡形ない昇華
 アーチだけは欲しいと頷く少女の足許で戦慄く指は
前触れもなく青銅に変わり霞んで行くそれは己の手だった

(2016.8.4)

寄稿: 佐藤裕子「籠の中」

籠の中 佐藤裕子

鋼造りの扉を指紋だらけにした指腹の躊躇いで口唇に怪我
 明るむほど蒼褪めるシリウスへ幾つ放つ深刻な接吻
砂金採りが去った凍河でくの字に折れる夢遊病者の抜け殻
 破裂しそうな水泡を連ね清流を築けばふと湧く朽縄
平らかな地の果て海は雪崩れ紙細工の親水性で解れる帷子
 落下が剥ぎ取る藻屑を追わず水影に留まる木霊幽か
待ち伏せられたように倒れ石切り場の裂傷へ沈む陽炎の背
 薔薇色に翳る陸地では全ての矢が一つを射る鍵言葉
真白い丘が俯角に張った冷気の糸に囚われて直立したまま
 カプセルの火は記号で出土するフローズンフラワー
囀りの主を探す窓瞬くほど数を増す真夜の星の眼のない魚
 些細な憐憫読心術から身を護る強迫観念は危い両刃
ただ飛翔の為に砂上に降り砂になるポーチへ降り積む黄砂
 開けたドアは直ぐ様封印希望を見ず憧憬に覗かれた
何枚も脱ぐ仮衣現身は理由なく唇を噛み又光年を飛ぶ魑魅

(2016.8.4)

寄稿: 佐藤裕子「遠い処」

遠い処 佐藤裕子

北極点の上空から月の軌跡を避けながら糸を掛ける大蜘蛛
 故郷を剥がれた天使の黒衣は風に膨らむ分だけ虚ろ
狼は緑青を抱き電磁模様に沿い進む鉄の臭いも届かぬ速度
 毒虫が編んだチュールを被ると火渡りさえ楽な通路
紋章や使い魔になるよりも博物館を出て人里を離れること
 ドラゴンの恋人たちは足指を反らせたアクロバット
屋上の踊り場は立つのがようやく追い詰められた岩山の尾
 欲望の全てに精通した処女の膝で変形する純潔の獣
面白半分狩られた飛べない鳥達重い翼に赤茶けた楽園の泥
 ノッカーやゴブラン織りやガーゴイルになるよりも
象牙のブーメランで鬼火を割り土壌に弔花を織り込む静観
 強張りを縮め直角で交わり零れる一刻一刻もろとも
象の背中でトーテムポールに成り済まし検問突破パレード
 防護服がシステムであれば無人のメインストリート
外側で燐を燃やす沙漠の所所にまだ煙を上げる流星の爪痕

(2016.11.15)

寄稿: 佐藤裕子「金婚式」

金婚式 佐藤裕子

潮騒から分かれたコーラスが天鵞絨を敷く緩い勾配を上り
 庭先で迎える親密な抱擁へ華やかな微笑を返す礼儀
いつもおきれいと言い交わす女同士の狎れ合いも挨拶の内
 写真はピアノの上音符を連ね大音量で進むムービー
短い受け答えに意味深な文句不意に瞳を覗く無意味な探り
 血のソースを糖分過剰にデザインする悪趣味な味蕾
親友と呼ぶ彼女に借りがあったギフトのリボンを結び直し
 耳に付くマリーの曲交流する声波長を重ね相似の漣
失念した杖の在り処を探すより彼が彼女の腕を取る自然に
 粋な計らいテノールがお気に召したら成り行き次第
情熱に不可欠な難所は約百日を経て例外なく安全な避難先
 日常化した不法投棄の海岸を眺める冬枯れの記念日
一張羅を貸し借りし一つのベッドで寝た姉のようなお友達
 未亡人の金婚式で夫役を果たした男は依然所在不明
招待状にあった住所はステッキが立つ更地又暫く会わない

(2016.11.15)

寄稿: 佐藤裕子「迂回の渦」

迂回の渦 佐藤裕子

群れ成す木霊を引き連れて像は目覚める鍵盤を削る金属音
 不滅の時を東方に隠し方位磁針の置き場所は遺失物
踏み出し崩れる階段で由無し事に気を取られ戻れない転調
 海側の窓越しは欠け落ち汚水が迸るジグソーパズル
苦し紛れに息を止め錆浮く爪を噛む癖が病んだ現身を照合
 蓋が閉まらない小箱は色取り取りの操り糸に事欠かず
歪む五線に乗り上げたピアノピアノ線を恐怖する大型バス
 迂回し迂回迂回の渦攣る指を広げオクターブの絶叫
ゆらり霧中を進む失踪説急ブレーキで審判図を焼くバイク
 曇ったガラスの鉤裂きは何処までも捲れて行く幼年
粉末ミルクの缶にはそれを持つ少女が果てもなく存在する
 蝋燭の消える音を聴く次いで燐寸を擦る低空を見る
床で動く影絵硝子を抜け伸びる唐草銀の月と青い星の軌道
 向かい側から解体工事の唸り廃材を集めるショベル
暗闇に置いた眼を洗い水に落とした耳を拾い調和の後は無

(2016.11.15)

寄稿: 佐藤裕子「日誌」

日誌 佐藤裕子

既視は何処から聖像から頭陀袋の口を締め邪気のない笑み
 近付く距離を退く小魚の回遊失せた焦点を掠めぬ類
気取った仕草で珠を磨くように徒に掛ける暗示掛かる暗示
 日日変わる標識を見逃す不注意から尋問される異人
疑似餌には跳び付いても許さぬ心根飼育ならば怖怖手探り
 勢い付く頬擦りで耳打つ履歴日記が省く新手の呪い
律儀に左右の頬擦りを返すと汚水上を群れる綿埃は拡散し
 ギシギシと天蓋が回り頸を押し壁に食い込む三日月
凝視を黒く塗る悪い言葉最愛と怖れは手擦れた硬貨の表裏
 身動ぎもせず通過を待つ生まれつき獏は悪夢喰らい
耳が邪魔で耳を捥ぐ煮え湯で縮む軟骨耳が無ければ口無し
 自動的な頷きに作動する信号僅かな嘔吐に蒼い血糊
喋り疲れ止まる車輪の下敷きで風に吹かれ夢想する野晒し
 憧憬の贄が劣化して荒ぶ乾期発火しやすい有毒気体
暫しその姿勢何も無くなりもっと何も無い処へ行くがいい

(2016.11.15)

寄稿: 佐藤裕子「天気雨」

天気雨 佐藤裕子

劇薬を盛り刀身をなぞるなぞった滑らかな飴色の指に触れ
 平衡に保たれた水位を覗く蝋の薔薇石骨化した波紋
結晶石は起爆を続け水言葉火言葉雪言葉その姿態それら声
 鉄火の甲冑と硝子の皮膚が幾度交差して幻像は縺れ
手の窪みで包んだ手の窪み思い出せば壊れ物を納めた震え
 練り香水が耳朶から離れ鳥獣の性で塒を目指す窓辺
越冬を始める枝影はステンドグラス踊る節足動物の写し絵
 餌壷にエーテル炎天の翼を畳む星明かりには通り雨
停泊する無風は塩を晒しひとつひとつの椀に微量を寝かせ
 月光を掬う夜の為に仄蒼い花片を贈り届けた雨垂れ
計器のない根無し草が海から上がり時の縁語で彷徨う上下
 嬰記号は紅潮し満ちる月と潮流と連絡する高まりへ
紅唇は喉を開き捲れ永遠と云う鍵の掛かった少年達を眺め
 熱は軽軽と軀を放ちトランスした回線が大きく攣れ
願いを積む高層か埋葬の深海から来た亡霊のように傾いて

(2016.11.15)

寄稿: 佐藤裕子「空白」

空白 佐藤裕子

無人の通りの一日を午後三時で終いにする疲れ切った太陽
 後ろは前を忘れず定時の飛行機を報せる電線トリル
少し気を取られると全く知らない貌が出来上がる鏡を覗く
 薄墨に浮き出る尾が長い猫は腹這いで地熱を蓄える
濡れもせず乾きもせずいつもそうしていたのか誰かが屈む
 擦りガラス越しに映る細面早い日暮れに予兆はなく
迎える見送る表情は推し量れず鎖を掛けた戸口に佇む妊婦
 腹帯の下で臍が開く嬰児はいつ何処からやって来る
深く浅く腰を下ろし正面を向く二人が居る縁の欠けた階段
 櫛目が見えるはずもないのに整髪後だとわかる頭部
売家の札を背後に立ち尽くす人の鞄は集会の案内で膨らむ
 暗い手許で固まった上体庭仕事は始めると際限なく
砂色の塀に寄り掛かる散歩者の手編みベストはフエルト状
 夕刊はまだ来ない郵便配達はもう来ない夜寒い新月
ゆるゆるとコンニチハは誰とも関れない文字を書いた紙屑

(2016.11.15)