カテゴリー別アーカイブ: 詩篇

そこで、母となるか

見たこともなかった
その場所の してみること

ふるい街並みの おくの光の中
母親の亡霊が、彼女の夢魔が

あるいは旧市街の 路地
という路地のうらうら
石塀にえぐられた 穴 鎖された
そのずっと奥 向こうに

コピー写真を撒布した かの
いたるところに
夢の奥ふかく くらいところにも
あらわれてくる

これはなんのあや まちなのか
ただの不幸せなのか しわ しわではない
老人となって ここ

わからないという逃避のふたしかな
わからないという頭皮のわからなさ

そんなこともない ただの耽溺
ただもう進めない よわい よわい

人生のデッドエンドは
すでに過ぎ去って 過ぎ去って
いるとはかぎらない

けれども ははわはは
笑いごとではない 母の夢の日
けれども はてもさてなも
悪口を言い立てても ははわはは
命日というわけでもないけれど

古城の街は 門は
崩れかけた赤壁で囲まれているが
防御されつづけるには
齢をかさねすぎて

歴史 轢死 溺死
ふるくもあたらしくも 国家の石畳も
家族の大黒柱も 系統樹も
雨のしずくの中の ものものの
黒光りするに任せている
はかなさよ そのの

洛陽金谷園の石壁

洛陽金谷園の石壁

どこかから、遠いどこかから

どこかから、遠いどこかから
もっとも近い、うごかない
うごかない はじめから
洛陽に かえれ
洛陽に帰れ と

ふるい詩の一節の中でも
となえていたのだ けれど
ただ、そのような、声のような
ただ、そのような、まとわりつく ような
気配と、かなしみ、触ることのできない
なつかしさ、あきらめ その ような
そのような、そのような

洛陽にむかって あしを
洛陽にむかって きもちを
すでに 父も母も遠く 昔に
旅立っているというのに

すでに 洛陽という
土地となまえは なにも
なにも動かすことはないのに それでも
それでも そのときまでには、
いちど

洛陽に一歩
洛陽に向かって いっぽ
黄河を夢想して、
生まれた街を 夢想して
夢想して 旅をたび

重奏低音

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だれもやったことがないのに
なぜ道づれがいるのか だれの

こおりつく場(field)から
烟霧がかさ かさなり
暗い河のとど こおり

岩盤の亀裂が おもい通路に
ひかり文字の 盈ちてて
燐光ともども さらにそこへと

夜に削られる建物 いならぶ廃墟
なにも生まれず 太古からずっと
ずっと太古から 湿った風
そのゆくえに

重力にとらわれ
時間のよどみとよみ
ろかされず その
濃度のままの 流れよどみ

背中にはりついて 溺死体を
ふくらみを 書きのこさねば
仰向けに 筆記具をにぎり

無数の方向から べつべつの
ほそい角度 なので
いくつかのねむり
かさなりあい ながらなゆなや
沁み込んでゆなな

世界の多極的本質の しんしょくとと 
ゅこゅここゃかゆのゆきゅかゆかやかゆきゅかゆかゅかょこよそやそよそやそやそやさやなよかょそょそゅこゅそゅこよさょさよさゆさゆさゅさやさゃなゅこゆさやさよさゆさゃさゅさよさょさよさゆさゅさゆさょさゃさょさよさよさよさゅそやさょしそゆそやしそそやさやさゆそすやすやさせさすゆせやさささかさやさやなよ

闇の中で 誕生するイメージの
ひかりに頼ることのない
明確さをもって もっと
うら切り取られ 闇は
化学反応では とらえられないのかの

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表層のかわ

うしは つくしくはないか
うしのかわ たいこのかわ
ながされる ぶたのかおで
ぞうのかわをはぐ しかの
のこされたかわでも いい
かわだいこは わすれられ

好日ではないかわ の身分ではない
酔いのさかりに 猫が通って
さかりのついた性 でもあるまい
立つか立たぬは ねこのかわかお

紅茶と薔薇のかおりだけ
死臭がつきまとい
munt theeだって みな
においの素は 死臭で
あるか かもしれない

人間は 全生物は
屍体をむさぼりて
遺骨と化石に囲まれてて
くらしている のだから

生命は 自分自身をくらうし
あさましいな 生存形式
外延的でなく 内部にふかく
ふかく 縮小している
それだから 全体につながるか
の滅亡が 約束されて

これをもって秘蹟とされるか の

それでも一歩、ちかづく――E-mailをもとにした構成詩

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それでも一歩、ちかづく
  ――E-mailをもとにした構成詩

風がとまったとき 見えなくて
風は風の中を 見失って
かわるがわるか悪がワルかとか

空はスケルトン 空腹な な
無は無であることを 含める ことことも
状態でも さかしらでもなくなく
空はからっぽ 空という枠組み
とりととめもなく 饒舌と情熱!
齢は加速する、か……

あなぐらから脱け出るあなくろな
いくばくかはあなろぐなの相転移

○炎る夏かさねて夜もあかさたな

味見してして 一個
根野菜がぎっしりり! 一個口
一方的にまきちらされた放射能だ 定量的にとかとか
年齢的には気にしても も とか
勝手なことを 押しつけられれ
いつまでも つづくつづく夜だ 夜だが
奥方の庭の色とりどりの トマトの鮮やかかさ
キタミの朝のはじじまりは
カネイシさんの荒っぽいドライブ 思いがけなく
エゾシカがいく どどと 飛び込んで

――*の女房は*にゾッコンとシオタさんに聞いてどれくらいにゾッコンか、多分見に行ったのでしょう。そしたら、ほんとにゾッコン、夫に惚れ抜いている。(タイラカさん)
惚気も国家も それれらに翻弄される
人びとも 哀れなるるか

「『馬引事典』を作るのが夢と語ってくれた」
あややしげな女性の名で
「繰り返し『呼吸』して
 最後かもしれないから」
気まずい別れだが 放ってもおけなな
むずかしいところ それも とも
べつべつの問い合わせか みょうみょうねこなら
「もう、どこにもいない
 かけがいのない貴重さとまぶしさ」

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diffused reflection

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その硬い刃先が 直線的にすべる
音の波動が カットグラスをきり裂き
削ってとぎすまし とがった反射光を
切り子硝子の 多面体の
するどい稜線の

魂なんて 魂の横顔なんて
うつらない うかばない

うみのことと犯罪とはべつべつに
うみのことは物理的現実のものもの
手の届かない だれにも 胸に
胸につきささる あの日 あの波

あの犯罪は 犯罪者がすべてを負うべきもの
手を出したものすべてが はじめから
あのことをかくしてはじめた 昔から

赤ワインは 流れて
流れてとける 稀釈され 拡散
低い拡散 もどらないエントロピーへ

コヒーレントな波 吃水線/湖面/つなみ
夕空を見上げると しましまの
あかね雲をつきぬけ
純粋白鳥のV字隊列 鉤型の速度
鋭角のくちばしが つらぬく
あおくあおく 光る月へ

土地を追われた者たちは けがされた
汚された場所に戻ることはできない
こころも未来も汚されて
さらに深くけがされて いくのだから

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ま、まみえる魂、ふるる距離よ

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この祈祷書にままみえる
上代のあああうるわしいとも
デスタンス 時間ともどもに
空の書のかなた のああ
広袤たるかなかなな自然の秘め
ひめごとやられたかみかみの
物語なのかな炎の ゆらめいて
ゆらゆらな亡霊なのか と

この肉の教養と から行為とから
から除外も 事実にもあわわれに
なりすぎない はべる除外にすぎぬ
ものものによって 一葉の写真ととは
どの詩篇にも語りかけて はずされ
ずらされれ 契機の偶然性と自然と
またたらの現実性を 捨てて
捨て 象としたら擬態なるるか

一人前の幼児に成長し
はじめてのうまれ故郷から
遠くまた はじめてみるみる
うそうこと よそおうことまだ幼児
一本杖でバランスを取り まだだ
右足だけの力で歩ける そその
父のときには 夢ではななく

この伝来の巻物 の性の由来の
祖母の家からかさねて 嫁いだ
曾祖母おもと もとあてへの書簡が
来ていたと つぶされたなおの
なおの何をかわかるのかを と

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ほそく深い、声ばかり

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ほそくほそく深い声 声ばかり
静謐にしてしてね ね
激しいうねねりもうねりと

ひかがみみの国に埋設されて 匿されれても
ローマンスの鏡うなさぎどももと または
ひかりはひかかり 光を有するさちちりちり
さちさちちち 幸あれとどゆむ

どこにでも 初めにあるべき言葉はなべき
男たちとの娘たちとの 媾合からもう
むつみあって誕生するも いやがおうで

かなり傷んで どこからのくびれた
絵の具の中のなかをか 剥がれてきて
タブロー液を だいじなひびわれに塗って
彼女のかれ かれらの夢魔が梱包される

時間のすべてが あるかないかない
世界史とともに 世界の粒子を包み込んで
いつわりの歴史 いつ
わられた一点に凝縮さされ
もう世界面も 境界条件もうも膜だ
ままくだまく メンブレンのきっと
きっとみちびかれて 閉塞かなななにものかへ
開かれるなど ふさがれざる

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つづけていた 、夜、を

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糸球体への沈着が 証明さされずとも
肉芽腫性病変が 線状のの
沈着がどうなろうと 納得できる
人生を選択する なにが
なにがつづけて ときどきどきの
分岐点なので なのでか

存在自体がかささなり その量子論が
かららんで 最適な人生を
そのときどきに つねに選択する
自らの命運を作ってていく に違いない
結果論にすぎるかも
でははなく に違いない 確率

二十四年後の上海の夜に ふたたび
処刑された労働者の名前を 書き留める
必要が 何が真実で 誰がが
何を記録しておくかが と
無関係ではない

クリオグロブリン血症陽性なら
遺稿についついて話し 形にす
するというが 期するところがする
残り時間が怪しいことも そろそろろ
なんらかの形にするるが
役割でも あるようなあるでも

軍が撃つ皇礼砲 即位をを
記念する二十一発の空砲 がらがらぽん
容器は青、赤、緑 王冠の宝石の飴玉
なめらかで甘く 深いドクを持つ
けがれた谷で二十一年 蒸溜され

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死んだ、いまとなっては

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痛みを感じない 血管は(する)
多少の運動で 壊れたり
しない(のか ほんとうに)

痛みをを感じざるる 太った(あぶらぎった)男が
横から 店頭のメニューを(だれの)
だれもいないかの ここにいる

生徒を(が)裏切ら(れ) なかったか
退学させられられる(た)後で
(死んだあとだから) 思い出すとか

深夜(昼まえから)ひそかに(あからさま)
アルコールの(くすりづけの身でも)力を
借り(買わされ)ながら 気持ちさえ
あれば ないない

ことばが通じたから(なければ)
よかったのか 空腹であったが
ただ(の(、))ものが交換できた
だけだ(そんな価値に)

一泊させて(してして)
じっくり語り(やらやら)
明かしたらら 男の
むすめも 忘れれて

双子の兄貴にも 知らせない
家族構成など ふしぎな
ふしだらな しらないだけ

(してもいない) 手術中なので
大動脈解離で 年末に倒れ
余命宣告が(にちかい)
あるでもない なかった

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地磁気の影響だったのか

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地磁気の影響だったのか
大きなへだたりが
わきたつうみのそこそこ
波のしぶきに

放課後ではないが
あとの祭で残されても
これから先のことも
何も 思い浮かぶはずが

さりとて 発電所ならばと 
知らず知らずに 思い知らされ
土地も水も こころもだめになる

世界はおもくて 通りにはいかない
ひとりはもっと重くて その通りに
ならないから 自由市場では
鶏の嘴や足首が 煮込まれて
山盛りに夢に出てくる

しくみということばの
怠惰という 美しい窓ガラス
博物館なら 楕円の櫺子窓から
覗いてみると 深い樹木の

ものは試していないので
違いとかまずい仕方をことことと
ノイズのするしかけが 詩の
あちらこちらの隙間に

それだけかかるのに それだけの
手間をかける 事情がわからない
かくして ギャラリーの窓から
薄紗のカーテンを 透せば
見えるものを

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(中国女)

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唇を指でさする ( )の女性観
自由でないから 不幸なのか
不幸だから 自由でないのか

はじめは食べることとの
うろつく から回し 尻尾を
たてて 緊張する赤犬のから

何の効果もない 蘇生器を
装着して 酸素吸入して
心臓マッサージ ムンドアンドムンド
人工呼吸と、長回し

物質とは 線の方向に切れれば
同時に垂直にも切ったとき
現れれるものかどうか

密告、監視 というと市民社会の
権力、警察の動き の機械的な
馴致されざる ではない

時間の全体が 世界ととともに
そのの一点に凝縮され 何ものかへ
と開かれる アングルが

( パリの) チンピラたちの 秘密メモの
ネットワーク あててにならない
強い絆、友情と打算の 小市民らしく

藹々とした( 北京の) 夜もがらす
橙色の照明灯のほかのすべてが
すべすべと 霧に閉ざされた( 天安門) 広場
ほかほかの近代都市(北京)に 深いふしぎな闇は

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まぎれもない感受性だけが

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交替を待ってて
心停止の 鼓動の残響はひき
つつづき 言葉をかけたり
触れることとばも にたりよったり

ではなく にたりよったりの
二種類のカードを 買うのか
なぜ縛られて(矯正され) 両方ともしまい
充填するのに 命じられにやり

人間はありとかはちなのだからとの
ものを扱う権力とはの ものの姿からは
人間ごみをごみごみだから 容赦なく
強権的な姿をみよや はかたりきと

上海の地鉄乗り換えでは 慎重になって
列を間違ええないのに 並ぶともむだな
音楽をきかされ 自発呼吸はつづくのだが

羽ばばたく鳥もどうあれ
仔犬さえあやぶまれ 引きずられれ
ぶらぶらら吊られ 意識回復の
ど、努力なのか 体温を下げるるは

ラジオを聴かせ ぴくぴく
体を触り 刺激を与え
まぶたの筋肉 がまぶたの気(功)になり

人民広場のベンチで 黒人の指先で
籠球がくるくるまわり 紅いチーフなど
忘れはてて少年が かわりに親指をたてて

バイタルの ランプの点滅々が
変わらぬ品質で ピートの香りも
透明な風景もも 生命維持の数値なんかは

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(東風1989)

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化石ではない現存の 哲学的な
思想家 行動者で つよくつよく
壊れかけた椅子 割れたガラス窓の
奥の狭い部屋で 家族はいるかいないか

小さなテーブルを囲んだ家では
八角茴香(アニス)の香り
にんにくや、その他の刺激的な
皿に盛られた包子(パオズ) 上半身裸の父親

ラベルのない緑色の壜 生温かいビールの
裏道はだんだん狭くなり 蟻塚は数を増す
ここのとんでもない数の人間を 権力で
抑えきることができるのか

そんなことなどできない!

幼年期は いくらでも夢を食べて
黄金時代だとか 留守状態を考える
満たされた者とは だれだったのか
を知りたいとも考えずに

いつだって 本人にしかわからない
そう信じて 駅の線路を渡ってから
右に曲がって 少し行ったあたり
夢の中に出てきて 不思議な気が

過去に返ってきても
散弾のように ことばをばらまいて
突き当たってしまいそうだ
汚れた石の壁 蛸壺の住処に

長屋だ ところどころに水場が
ここで水を汲み 洗濯をし
共同便所があり フランスの犯罪
アルジェリア問題について

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(Salò 1)

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(Salò 1)

意図的なつくりものをと
欲望は代替物なののかと示して

椅子を要求したら ないからか
接続は不安定で(も) そのつもりで夜もすがら(夜中に)

隣の部屋のペアの シャワーの音が(中国語が)つづく
叩き起こされてても つづつづくが

(ようやく)たちあがる 配信サービス
(デモ)だからかじりつき それでも虐殺の鐘が
大寺院の堂塔からか がらがらと鳴りはじめ

ならず者の四人組の配役が
大統領、司教、法院長、公爵たちの
支配層から 性の残酷な遊戯場が

いくつもの頂点が 世紀末にかさなって
(上海の新世紀地区にいるが)
25年前の北京で、端末のはじまりのころ

無限に新しいパゾリーニが
(ムッソリーニの死後とはいえ)
監視下でも 左右のファシストと闘い
民主主義とさえ アナーキスティックな闘いをつづけ

その映画のことをに 旅をかぶぶせて
考ええては歩きつづける

レンガ造りの古いエレガントな
公館の ペレストロイカと関係ない
改造した 長い石段を登り
神の体系を開示して 人間(には|も)残酷だから

裸にしただけなのだ だからマルキ・ド・サドなのだ
カウンター越しに ヘッドセットからノイズよ届けと
首を伸ばして ラブホテルの権力システムの
道具に 傀儡の道化は寓話だかから

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(Salò 2)

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歴史がなないと 単純なのか
世界の問題なら 人工的な国家かとか

国家と人種を越ええるとの単純性は
魂の問題となりうるのかが
民族問題とはべつべつに
人種問題が先鋭化してて

どんなところかららでも
怒りと悲しみをぶちまけ
実験場、収容所、流刑地、逃避先も
すべてを放棄してしても
新天地は無視できないのか

少年少女の世界にも 迎合、裏切り、密告が
支配者におもねねる 人間の(リ)サイクル
歩行ばばかりか 一本杖でバランスを取り
天安門の虐殺ででも 杖なしで(しかばねでも)あるかねば

圧制を命令する 室内を移動するる老人の
幼児はいなない (埋められた)学生たちも
抗議する日常も 勃起することも もう
射精は可能なのかが 老人たちの肉体には
静観が賢明で 精神の不能はおおいがたがたく

退廃した老人の知性なのか 蒙昧とによよって
わずかの要求なのが 猛反発を喰ららい
文盲の放置の 農村部の教育などの
文化、生活環境の放置ににも

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(La Strada)

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(少年期の) 木造の教室の柱と梁が
くの字にになり 数日にわたたりて揺れつづけ
彼には 同じことと
ジェルソミーナなのなの この道の

果てしのない 少女ではなない
このの女が マシーナとは
考えてみみれば 異様な笑顔だ
希望のこことだ 彼のただひととつの

白痴のムイシュキンは (十勝沖地震では)
大学の一階がぺぺしゃんこに
写真が大きく報道さされ
まぎれれもない白痴とは 希望のことだが

赤黒い光が発しして
闇の中で海一面が燃え上ががる
呪わわれた従順さ
ありえもしないややさしさ

ジェルソミーナ 予知してていたか
そここから見える丘一つ向こうの
慌てた記憶(函館の)外れの
日吉が丘といいう丘陵に

現実を切りかえらる力で パントマイムは
演技なのか 夢の手ささぐり
どこのどここに踏みこももうと
少女の瞳でははない あまりにみひらかれ

病院に行ったとときは
解離は済んで 運がよかかった
幼児の 中年女の さかかいのない
ごったたまぜのフィルムの編集

サーカスであるののかないのか
ヒールが外れれて 大切な男の腕から
天使と幼児性は カットしなながらも
わからなくなくなる場面が あの不思議さ

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(Cabiria)

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だれでもわかるるものか (編集)の占める位置など
ストーリーも自然で 謎めいたところろなど

(いつものテーマが)死のことを考えつづづけ
生きることも 動くものとの関連づけらられては

犬と人と球体の 説教にぐるぐる回るる
修道士とカビリアと 関係するるかは

洞窟にす、すむ貧者に 分けは与えて
(画面の抽象性は)善人の冗長性をそそぎおとし

まとままりに拘泥しな(い) 実験的な
多くのフィルルムから 夏も過ぎて

○夏も過ぎてくれなゐ残る花みづき

大量の撮影場面が用意されれても
生きてている実感が (初期作品の)

○午後の水 ぬるりぬるりと呼吸いきを吐く
(カットするのが作品の魅力なので)

奇妙な構成ををして 想像どおりに
すべてが運ぶのかの(世間的な完成度は) 

生への未練はないは 手馴れた題材をと
ストーリーに無理ななく

凡庸ではなく 生きていいることを
深く考ええていない(フィルムの編集は)

娼婦たち 裏切り 希望ととか
サーカス 音楽と 安定した(共感する)した素材

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(Satyricon+)

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うわきぐせのたために フェリーニの
(退嬰的な)横溢するるせいが

直線、矩形は 邸宅、遺跡や石造りに
ダンテの地獄篇さなながら
人間ののみが生成した抽象(として)

絢爛さと生唾を
ソドミーのあややしい世界(を)(に)
存在していなないものをののみこみ
脈々とながれて

マシーナとうまく(いか)ないので
題材にローマ時代(を)
つながりがりやストーリー、贅沢にも舞台は
肉体の根源(を)

人間の存在のいみみと抽象性を
しめす(ことにになる)(の)か
唯一無二が存在の根源ならら(ば)
必要もなくまどわされれる(だけ)

きが挿入されて人体劇がおちさつかぬ
人工性、(つまり)直線、幾何、数学が

ローマ神話の時代のはかかなさ 一瞬の光芒とも
圧倒的な壁画 芸術品 贅沢な画面
(そのシーン、)はまべべでさけぶおんなの
全体性になりえ(ら)ぬが
地獄とも天国とも
ローマ人のフェリー二には

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(Roma)

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(Roma)

めざめる感覚が
日常的な生活感覚が
ドキュメントをつくりはじめて

存在のそれぞれが
実在しているのかどうかを

映画のいたるところで
見る側の視点と見方の問題が
実在しているのかどうかを

思想と政治の批評性が アイディア(思考)が
感性や抒情性よりも いたるところに
奇想、幻想、妄想が

たちあらわれる宗教も カトリックの
権力構造を指すのではなく
生きながらえてもいない

そこから生まれる
安っぽさがとてもいい
たしかなものかと揶揄しても
とてもいい

幻想と妄想のイメージ化
引き裂かれるファッションショー
現代都市が生みだす
壁画を中心としたシーンは
実在しようにも 実在できない

偽物とわかる映像
絢爛な 未来的な感覚
ああ ローマ
古代都市のままのローマ

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犬と人と球体

多重的な意識が引き裂かれてゆく
そこまで意識が降りてゆく
死のことを考えつづけているから

自分の中の他人と同じに歩かない
生きている実感があるのかもしれない
原初的な思考のふるえに

死のことを深く考えているのではない
生きていることを深く考えているのでもない

夢の連鎖がいびつな立体を作る
動くものは関連づけられているのか 犬と人と球体
ひびわれた鍵、ひんまがったされこうべ
ただ 睡りの形でそのことを考えている

だが 始まりなどない
あるのは終りだけだといっても

あとから来るものが、すべてをきめる
アフリカが、南アメリカが
ちのそこから

○水も揺れず舟溜りの曇り空

光が、思考から滑落するか

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一次元は内部をもたない
から斜めに走ることがある
わずかの隙間だから見えること
に意味のあるはずも

死ぬときのことを考える
と光はいいかげんな原罪
文字どおり出現する文字なの
だからと考えてもいい一瞬の
あらあらしい失神に通ずる
だけだ 黄金色のかみのしみ

一次元の線では亀裂
のたぐいかもしれない
息ができなくなって失われた
ものも光を透過しないから

あわてて掻き抱く絶対的な境界
をもつと影の向こうは存在しない
物理的に苦しいことの恐れ
を実在としてはいけないので

この場所を占領している
のだったか本質的に見えるが
絶対的に区別される死そのもの
は未来と同じにイメージできるのか

亀裂の中はゼロでないから楽観
しても会話のはしばしにただよう麻薬
光が折り畳まれている
にちがいないから

動物的な苦しみも光の面
を記憶させる けむりと泡
実体のある次元 粒子
のあらあらしいモノグラム

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幾重にも囲繞されて、いる肉体

認知不能の血にまみれてつぶされ
ひしゃがれた太陽が顔を出す
朝はあおくて

実在しない帰途について、つい
非日常という日常の暮らしでは困る
と死体の夜を人目のつかぬ
ところに埋めてゆったり
睡っている女が日常という
非日常に回帰する

夢が燃えあがる瞬間の思考
には落差がきちがいじみた
壁(ネット)をへだてて輪郭のなさから
子供たちはつぎつぎに 生まれる
力の分離は非日常
を日常化して

織物のローカリティが危険だ
と裸身を燦々とかがやかせないで
世界都市の実質的な退廃
である形にとらわれる
でもなくとらわれる歴史
のきちがいじみた肉体
の享楽、棺に刻まれた
無数の人生を

現代的な非生産性
は繰り返す退廃以外のなにもの
なので 半肉体と半精神の火の匂い
がする一瞬の全宇宙に奇しい
流星が毒々しくなく咲きみだれ

大気圏は海だといいたい 受皿にセクシュアルなふたつ
に割れる乳輪 低温でぐずぐずゆでられ
象形文字、文字卵 知能の失楽
から存在の果実の種がつぎつぎ
おとされる、黄身のなかみが

見上げると風が吹く、一文字に収束
する疾風が凄い 形相で、花を
摘み取っていく、こわれてこわれて

あまりに短い飛翔音 あらゆる事象
と万物のやぶれた背の中心
に錘をくくりつけ、くりかえし

○ネットで幾重にも囲繞されてゐる肉体や哀れ

変質したり、切りきざまないで

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変質したり 切りきざまないで
いつでも 同じ形をしたものが
支配されない 自由な
人間ソンザがなにものにも

ソンザの基点の マチエールは
同じ形を生きつづける
おかすものはあらゆる形象
なんぴとたりとも 許せなくて

地が大きく揺れる 同じところに
ひきよせられ 目のくらむ
戦慄のうちに あらゆるものと
たたかう たったひとりで抱えこむ

可能であるのか 権力とか
クニニとか 同じようにして
空がたちまちに傾いで

異常なまでの発汗作用をともなわず
人間の一断面としても会うこともなく
のっペりとした外貌のウツツも
がまんしないで 殺されるのは

名状しがたい奇異なエネルギー構造の
ウツツのはざま、腹背部から腹部全体に
夜ばかりでもない昼ばかりでもない
光が、光が足りないのかもしれない

とらえられていると可視的で
ないから 腹のふくらんだ月
をまちがえられて
人間論的意味解釈だから
ウツツを絶対化し
同じ症状かもしれない

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video obscura

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囚われている太陽に ジンズに
さしこまれる 暗箱オブスキュラ
重圧に押しつぶされて べつべつの
もののためなのか

いたたまれない、おしよせる不安
皮膚には酷薄なのだ その白昼は

フツ族の若者たちの持つ長い刃物が、ツチ族の被害者の脇腹からすっと入れられると、その体は抵抗もなくくずおれていく。あちこちで繰り返されるその行為を幾度となく映し出す。なんという、簡単で明瞭な殺戮。そして、膨大な数の死体への道。人間の体がなんともろく、軟らかいもので作られ、支えられ、薄っぺらな刃物がいかにその肉体にするりと滑り込んでいくのか。

なんらかの形にすることが
すべてが 霧にとざされる

ビールのせいで 歩き疲れたのか
常識をくつがえし 軟水から作られる
役割でもあるような
橙色の照明灯が 形と影をあらわし
夜が深く 何も見えない広がりに

遺稿について話して かさなりつづける
黒い革の旅行鞄に つめたものが
過去をおおいいかくす 鞄の気がして
地下駅に向かう

肉体の内部、肉体とカメラ
脳髄を精神の窓と どちらかが
あるかと 人間の眼球からして
いまさら感じる遠い因縁を

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たちまちのきおく

ひとかげがきえるつぶれてきえる
しかいがふるえてへびがくねる
いしをはらむかふくをさける

そうじゅくな朝のぎしきをさける
さけながらさざれる
くれつづけて命をくれてひきかえに花
よこれんぼやまとはずれのばげんを

はっこうしたじゅばくに
みらいしのはへんがくれて……

はんしょうのみどりはから
こぼれるかみのたこ
つなぐれて夜をこぼれる
つなぐれのままふりかえり
とうめいな卵がころげて……

まよなかのくろじゅうじからいしつぶて
ばりけえどがそとぅうぱされてからざいふ
そえるふきこぼれるかんしょう

そえられて夜をしり
かたくななじょうこうをとぎられる
たたかいのためにいのりを
そわれて鏡にぬける
ときののべおくりにかくされて
くすしくいちじくのみわれ

せめぐるすいしょうをゆるむとうにかがる
あかあかく発情されるうわばみをやけい
きらやまぬふとうからのせめぎ
たそがれかえすきゅうしゅののぼりふ
さめぐる血をちらばり
さすらわれるばら

夢のげんじつややさめよあさ
朝からはいたいさせて
にちぼつまで――

「SALOME」のビデオ体験(散文詩と位置づけて)

ドキュメント風に、楽屋裏の表情などから入る。形式的で胡散臭い舞台裏だ。作り物の匂いが芬々とする。偽監督や演出家、衣装デザイナーたちの話しっぷりに肉体や魂の汗が感じられない。ダンサーたちにしても、練習風景では踊りの外側の部分をなぞり、見せることばかりに気をいかせている。

画面は踊りそのものの場に移行する。ここでもまた、モダンバレエ、モダンダンスの空疎な表現だけで、とくに群舞やヘロデ王や聖ヨハネの踊りには失笑する。マネキンのようにくるくる回るヨハネ、子供だましの銀盆の首、ヘロデ王のこけおどしの杖の威嚇、光と衣装のアンサンブルは色見本帳をめくっているにすぎない。

それでも、名手アイーダ・ゴメスのソロで踊る二つのダンスはたしかにフラメンコであって、見るべきものがある。暗い情熱を沈潜させて、鬼気迫る熱情のたぎりこそがタンゴの神髄であり、アイーダのヘロデ王に献ずる踊りにはそれがあった。

それに比して、バレエ自体や舞台装置、衣装など、また構成、バレエ劇などは、見せかけばかりで、深く肉体の底にまでもぐりこみ、そこから発現して肉体に帯びる魂の光というものがないのだ。もちろん、アイーダ自身のバレエも舞台的にはさまになっていないし、映画なのだからそういっても詮がないと。そんなこともけっしてないけれど。

監督カルロス・サウラのなした仕事とは何なのか。映画で、舞台の裏表のただの感触を描くだけで、いささかも舞台を超える作品の強さを獲得できていない。映画と舞踏との激突する、鋭い修羅場に迫っていないのだ。

それにしても、天才アイーダという触れ込みのわりに、アントニオ・ガルデスを相手に踊っていたというわりには、アイーダ・ゴメスの舞踏のすごさが伝わらない。やけにたくましい背中だったり、体が太かったりして、繊細な強靭さが出てこないのだ。踊り込みが足りない。才能と経験だけで踊り、厳しい鍛錬がない。アップにしたときの容色の衰えのことはふれようもないが。

齢をふりても、ダンサーはそこに舞台があれば、蝋燭一本、裸電球一個の前でもほんとうの踊りができるものなのにと、嘆息ばかりがして。

ベルナール・パスケ(散文詩)

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 庭に据えられたベンチにもたれ、古いブライアのパイプをくわえながら、この小柄なフランス人はぼんやりとこれまでのことを考えていた。しかし、それは外からそう窺えるというだけで、実のところはただ白い家と庭を眺めていたに過ぎないのかもしれない。すっかり禿げ上がった頭部で、脇の方にあるわずかな白い頭髪が強い日の光を浴びて萎びていく。
 五十四歳になってまだ一月とたっていないベルナール・パスケは、顔色も変えずに上体を後ろに反らして気持ちよさそうにしている。ときおり膝の上にある中折れ帽をつまみながら、まるで憩いの時間を楽しんでいるかのように。一見すると、人生の後半の少しばかり勢いの衰えた時期の中休みとでもいうような風情で。
 パスケの家は手入れの行き届いた庭のある、白いペンキを塗った、実にありふれた小市民的な住まいであった。十五年前に建てた二階建てだったが、パスケには想い出の深いもので、そのためか、商売柄か、毎年春過ぎになると家中を白いペンキで塗り替えるのを楽しみにしていた。この日も寝室と地下室の壁をようやく塗り替えたばかりだったのである。そのパスケの家を、どういうわけか、パリ警察の警部と警官が訪れた。
   *
   *
   *
 その日は夏の一日なのだが、この男にとっても本当に特別の日なのかどうか。もちろん、パリの人々は避暑地に出かけているか、郊外に住む人々は休暇を利用して家や庭の手入れをしたりして、静かなものだ。だから、パスケが庭のベンチに長いこと座っていることは別にどうってこともないのだが、しかし、いくら木蔭であっても、夏の陽射しは強く、そんなに頑張っていられるというのは、いささか奇妙といえばいえなくもない。
 パスケのやっているペンキ屋に妙な噂がたってから、この初老の男はついていなかった。パリ郊外のヌイイーにあるペンキ屋の中で、パスケの店の仕事は迅速とはいかないけれど、二人の丁稚を使って実に丁寧な仕事ぶりと、一番の評判をとっていたのに。
 ヌイイー・シュル・セーヌはブーローニュの森の北にある人口七万弱の小都市だが、地下鉄の駅があり、金属加工、香水、製薬関連の中小の産業が盛んである。ここいらの人間が鼻をひくつかせるのは、どうもあたりにある香水工場のせいかもしれない。鼻だけならまだしも、この匂いというものはルナティックな作用を及ぼすようだ。幻臭などというものにつきまとわれたなら最後で、誰かが追いかけてくるだの、自分の内臓が腐っているだのといった、ひどい病気にたらしこまれることになる。それでなくても、南側の森の方から今にも押し寄せてきそうな妖しい気配、深い暗がりが作る病んだ風が、人々の精神に健康なものばかりを与えるとは限らない。

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海をわけて、 断(裁)って!

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プランクのふりこ、つつきだす首、
かざり、ひかり 星珠ころげ
ひえびえびえと
スライスされたからくさ、
からまる時間、ベクトル、

黄玉(トパーズ)の透明中心
夏色だまりから紅潮する眼球へと
ふゆ時間もつながっていないし
おなか、おなかのくびる(声)

鬼の目のななつかむど(添え)そえて
時間うすい、うすまくか
とびとび、とび層の
画布にきららめ
(エントロピーの)ぞうだいははやめ

まじわる線分( )あ、ああ
めくるめくめ(る)即興曲に
ジツザがいるるわそわれ
鏡をぬける虹をきるきる(ぅ)

おなか、くびくびきりり(声)
画布はりりつめいののり
たた、たかいのための
(別箇の、)マテリで、ではない

鬼の目の、おちてていびつな(乳房)
歯跡をみゃくみゃくうかうかう
ととげとげしいあくたいあびせ
(時間の)うすいかささなり
ひらたくする、のびききるユニバ

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ある男の日記 (犬雲)

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(犬雲)
その夕方――。塔の見晴し台にたたずみ、私は遠くの空を見渡していた。時間そのものが相対的だということを、その考え自体を凝視していた。しばらくすると、薄暗い空のきわに黒い犬の形をした雲があるのに気がついた。そのときは早めの夕食を済ませて、気分も落ち着いていたはずなのだが。もう遠くの空に夕焼けは見えない。いくぶん赤みを帯びていたが、いつのまにか濁った雲がかさなっている。

この日記はいつ、どこで書いているのだったか。見晴し台のことを追想できるときなのか、それともリアルタイムで犬雲と向かい合っているときなのか。あるいは、何十年も経ってからメモを文章に変換しているだけなのか。または、たんに創作ということで許される捏造なのか。少なくとも、幼年期に未来を幻視していたということではないだろう。しかし、そんなことは分かるものか!

――そんなことがあって以来、私は塔の見晴し台に登るのを避けていた。もちろん、不吉な犬雲との遭遇が契機になってのことだ。それでも、ほんとうの夜は次第に近づいていた。通りの街灯はまだ点っていないが、すでに薄暗く、靄が降りるにつれて、夜の気配が濃密になる。

ガスと塵の結合、重い空間。水分の形がその空間を侵食する。私はある理由から、沈黙の鐘といわれるそれを街中に響かせる必要があったので、ふるえる自分の手足を呪縛した。つまり、冷えきった手足を抑制して、いやいやながら釣鐘のロープをさぐらせたということだが。

その鐘は二つあり、こすれあうときの音色を考えると、より多くの数の鐘を音源にしているように聴こえる。だが、二元的な音色の構造であることに変わりなく、その結果、鐘音の響く空間は二つに破れていた。耳を澄ますと聴こえるこの空間の音色は、時間を殺戮する不安と人々の日常に鋭く切り込む荘厳を示している。そのとき私はアダムだ。私は自分の肋骨を打ち鳴らしているに違いないと考えていたからだ。警鐘は非日常的なものなのだ。

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復活してから

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その時間にいないのはレイだけだ
ニンジが好きかと 歩いて
いきているナガタサンに
ぜひ会いなさいという声が

リョウイのまんなかで
うずくまり溶けてゆく肩に
しりませんしりませんと(正確に)

妙な気がしたカゾとともに
繰り返しの、最後の夜から
逃げ出すために、そのために
錆びつく舞台でとびまわる
ヌノ、ほそいあし

花束に仮面を匿し
筋肉がにぎる弓
ささやくダンサーは
ヒカリを眠り道にさそい
白いくちびるに紫色の
毒を塗ったからだをひらく

乳房に静脈をうかべ
膝頭にするどいいたみが
肉体のきわみに達して
吐きつづけるハシリ
かろやかな コクハも白い
白い貌を浮かべて

濃いきいろい苦痛は
ソンザの眼が遠くて
乳房の巨大な女が
青味がかったくちびるで
ささやく、びろうなしぐさで

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無数のもの、ひとつのもの、限りのある……

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列車も、このボックス席も、窓外に映るものも、囚われている事象だった。時空の魔がこの事象を運行している。二人のいるわずかばかりのスペースが光を帯び、そのことである苦悩が加速度的に膨れ上がっていく。いや、細分化されていく。それが、二人の共通した場所だった。私たちの出会いは偶然、このようにして始まったのだ。

「出会ってしまったのだから、始めなければならない。終わってしまうことはない」どちらからともなく導き出された結論はそのようなことだった。この、終末のない瞬間の地獄こそ、二人の世界なのだ。「とにかく、私たちは弾かれる。自分自身を原因にして互いに弾かれる。この場所からも弾かれる」そのような結論をも導き出していた。だが、その苦悩がどのようなことなのか判然としているわけではない。それは外圧であることと、自らのありように関することだという推測はできる。しかし、すべてを把握することは可能なのか。

「同じことだから」同じことだから、往くことも戻ることも違いはない。つまり、行き先も戻る先も同じ場所なのだ。反対の方向にあるのは常に自分自身だけで、自分と環界との差異だけなのだ。そのようなことが私の口から洩れていたのかもしれない。女はそのことを聞きつけたのか、理解したのか。それともまるでそのようなことと無関係なことが原因なのか、なにか明るい閃光が彼女の眸を掠めた。そして、夜の車内の光芒に埋められてしまいそうだった白い顔を紅潮させている。

自らの内圧で粉々にはじけ散る、硬い氷のようなあなたの命を。そのように、大事に大事にあなたを抱く。私に必要なのは、私の命に必要なのはあなたの命を愛すること。それだけが、あなたと生きる理由。あなたの命を見ることができるか、あなたの命だけを見ることができるか、そのほかのことはここには存在しないのだ、と。しかし、列車は決まった時間に定まったレールを走っているのだ。私の思いとは明白に異なった場所を。時空の魔は、嘲笑を浴びせながら、あらがうものたちを捉えて離さない。その力をさらに強めて。

自決しても、自らの思いを託すことができること。それを確信すること。何にもまして、強いこと。あるということは、自らを信じること。自らとは自らの物質的な起源である。おそらく想像を絶した現象なのだろう。これまでのうつろな蓄積が遠い彼方から呼びかけてきては消えて、それらは異時間と異空間のかさなりとして二人に訪れていた。私たちは単なるかさなりのイメージに過ぎない。

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ある男の日記 (失われる記憶)

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(失われる記憶)
短い待ち時間の間に、私は地方都市の商店街をあてどもなく歩いた。侘しいショーケースが目の端に光り、古びたロックやジャズがからだを擦り抜けていく。初めての街なのだが浮かれた気分にもなれない、ひどく疲れている。周りの景観には多少目をやるのだが、それらと自分との間に徘徊できる距離と時間はあるのだろうか。わずかの間、通りにとどまることも、視点を定めることもかなわない。たしかに旅をしているのだが、それは放浪なのだろうか。そして、それは私に付随する宿命的な「日常」に違いない。「いつも……、いつのまにか」

私をここまで運んできた列車は、ふたたび汚濁の中をのろのろ進み、過去に向けたまなざしから希望を引き出すどころか、繰り返しあてどのない絶望に向かわせる。私は記憶の底からそれらを不定形な夢の形で回想する。しかし、それは記憶を再現するものではない。ある小賢しい意図にしたがい事実を改竄して再構成する、記憶そのものに付随する愚弄行為なのだ。私だけの。

またしても、何番目かの駅のそばにある夜の街、私はその裏通りを歩く。どの店でもよかったのだが、干潟の入口にある一軒の店に入った。女が二、三人いたが、濃い化粧の女たちのいずれも生気がなく、そのかわりに何かに貪欲な感じがする。自分の口の中を覆い隠そうと、けばけばしい赤い唇を塗っている。もちろん、年齢も若いのかそれとも薹が立っているのか、店の薄暗い照明ではわからない。ここは料理を出すようなところではない。けれども、私にはそのどれについても嫌悪を覚える資格などない。そうだ、私は嫌悪を感じることなどできないのだ。

彼女たちの表情の奥になんらかの罪業が隠されていても、それが何だというのか。それらはほんとうに罪であるのか。それらは恥辱であるのか。そんなものはとうにどこかに埋もれたものだ。忘却されたものだ。それでも何かを隠そうとするいじらしさ。そして、周囲のすべてから離れていく。うつろで、ぼんやりした眸は見えるものが何もないことのあらわれ、失ってしまったもの。つまらなそうなあくびの、唇のあたりには嘲笑的な表情がみえる。肉体がすさんでいるのか。何かを憎んでいるのか。けれども、不思議と冷酷さはない。

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水のくぎり

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わたしは空気に漂って水に棲む魚、大気という水のくぎり
ごうごうと滾る火の泡、海底火山の火口からほとばしる
命がまとまって、まとまってあふれ出す水柱の中の
かたちとなることもできずに、噴出する気流ジェットのうなり、激しい圧力のうねり

渦まくものの、魚群の柱から、飛び立つ魚たち、羽のある人魚たちよ
生き物は精緻なガラスだ。粉々に空中にひらかれて、霜柱のように舞い、ひび割れて、尖った体をマッハの速度で宙に叩きつける
破裂していく、美しい飛散の、その瞬間こそ!

火素を貯える木枯しが大車輪のように大陸を一蹴する、人種の圏を薙ぎ倒そうと
だが、凛然として、このゆらぎにも拘泥しない、状態Xの中身のなさは何に由来するのか
セカとXとが密接に結びつく悪しき符合の、そのXという不可思議な状態は。
セカの生命力に起因している、命をかける気迫だ
だれもが身に沁みて、もちこたえられるはずのないもの

電信柱に骨盤が架かっているのを見て、
わたしはそのXを前にして、またしても怯えきっているのだ
魂の枠組みにふるえがきている、微熱と悪寒の薄膜がぷるぷると
それでも破顔しながら、わたしの、わたしの眠りよ
わたしの眠りは弱みを握られてしまった!

危機が潜んでいるのならともかく
夢で話す夢は夢ではない、ただ同じ形をしたものが通りすぎているけれど
性急になる理由がどこかにあるのか、その深い眠り、植物たちの
わたしは急ぎすぎている、死が見える!
生命体の裏側に訪れる、呼吸、液体

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ある男の日記 (奇妙な断片 その一)

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(奇妙な断片 その一)
その夜、闇の中を歩く赤い顔の男を見てしまった。私はたしかに酔っていたのだが、その男は酔漢ではなく、ピエロでもない。いまから思うと、彼は受難者なのである。男は年老いた象のように濁った眼をうるませ、鼻のかわりに長い舌で瞼の下を舐めている。おそらく、舌が届かないので、想像上の〈眼〉を舐めているのだ。男は抽象的な〈眼〉を玩具のように口の中に入れたり出したりしている。掌の上で転がしたり、宙に浮かべたりもしている。これも、妄想行動なのだろう。それは、私にしても同じことだ。

彼(と私)は長い舌でその〈眼〉をねぶりながら、「ちえっ」と舌打ちした。光が失われた真っ黒な闇空に、青白い蛍光塗料が刷かれて「ちえっ」に相応する記号が現れる。もちろん、それは漢字でもなく、ひらがなでもなく、英語でも、アラビア語でもない。実体を伴わない概念の記号。そして、大音響とともにその記号自体が分解し、またたくうちに男も闇をも解体し、消去していく。(私は口をつぐむしかない。)

空でも反‐空でもない、何もないはずの場所に、いつのまにか取り残されていた別の男が(私が)赤い顔になって次のように呟く。
「子供のころから、わたしには白湯を飲む悪癖がある。なぜ悪癖かというと、電気ポットの中で煮えたぎった湯をアルミの細い注ぎ口からラッパ飲みするのだから。かなり熱い湯なのだが、かまわずごくりと口に含み、咽喉に流し込む。もちろん、舌と咽喉の粘膜が焼け爛れる。火傷した咽喉の粘膜が食道から奥に垂れ下がってくるのが分かる」

「その刺激と自傷からくる興奮に、わたしは麻痺するのだ。腸という筒でできた人間を、入口から串刺しにする感覚でもある。まさしく自虐行為なのだが、何度も繰り返すうちに湯の量と温度と頻度が増し、苦痛の増加とともに、それは快楽につながっていく。懸壅垂のどちんこから剥がれてぶら下がる粘膜を引きずり出したい欲求が昂じるが、さすがに危険なので躊躇する」

「自分自身でも、その苦しみの連鎖が終わらないことは承知しているにもかかわらず、やめることができない。白湯を体内に流し込むことに拘泥しているのだ。これは、犯罪意識に通じているのかもしれないし、常習性があるので麻薬にも通じているのかもしれない。おろかなことはなおさら断ちがたく、そう考えると後先のことも忘れていっそう回数が増えてしまう。自慰行為と同じことだ」

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画家になる少女(娘の結婚に寄せて)

画家になる少女
  ――初めての個展で

wedd_A5
娘の結婚式, 2104.4.12

水に溶ける
絵の束を抱えた 少女が
ふりはじめた雨足に
逐われている

街の灯が乱反射する時刻
建物の壁に貼りつく人々

おい、ここだ、ここだ

少女の描いた 鋭い曲線が
やはり 刃物のように囁く
おい、ここだ、ここだ

たったいま走り出た
画廊の 余熱が
全身に満たされている

わたしは絵を描くためにのみ
生きているのだ

少女の性急な想いが
雨に濡らすまいと その
細い腕に力を伝える

ひとりの画家が
生まれたのかもしれない

[作成時期]2003/06/05 [改訂] 2015.2

ビデオ通話をしながら コスモロジーもどき

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ビデオ通話をしながら コスモロジーもどき
中華味の重湯から 歩き続ける
怒れる人民たちの写真を挿入し
ハーブを添えて 皿に盛る

夏しかない国で あっという間に届いたが
短縮サービスが 現代建築の
月と金星に材をとって
半年続くが治らない

パビリオンの
ヨーグルトと納豆で様子を見る
待つことが 神殿ビル
入れて使うと取れなくなる 適さない

動かなくなったら イスラムではない
そのかみ、(触れうるもの)があったので
ヒンズー神殿の塔様式が

よさそうで、どうだか
体が動かず 道を歩く
空孔に落っことして困ったが

動かなくなった 空中を抜けて
立ち尽くすダンス 絶食でもして
トンネルもくぐり 空になったからだに

一週間以上かかると 冷房のきいた
世界の人々との連帯が 重なってしまい
壁画がつづく 増大して

受話器を叩きつけたが ご用心
夕焼けの濃い色に くっきり
重湯を二食、お粥を二食して
終日寝ていた

なんという影
嵌めて使っていたので、交換する
機能しない 光のあふれる影の形
クロールが急増し 年齢入りの詐欺用リストが
風の筒の中で

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骨量をはかると

骨量をはかると
最初の航海が試される

父と母の骨片を
わずかに器に移し
秘密の場所に
みずからのありかとともに

それから
異国で逮捕された
殉教者たち 異端者
法のもとにあるというべきか
その
いずれにしても

時間が凝縮して
思い違いであるとするなら
有史以来の罪悪と
目の前の残虐の
軽重がどこにあるのか

この思い違いをたずねて
航海が
大航海が幕を開ける
みずからの罪の
大義に酔って

悪魔にささやかれたあの道

ネットワークに囚われているかに見えても 頭の中に原稿用紙とペンがある

囚われない肉体と自由な頭脳 おかしくならなければいいのだが

自らを神だとか、神の手などともてはやされ いい気になっている

権力の分断、国土の分割、分裂国家の苦しい道のり ためていたものがあふれてくる

心的抑圧がナショナリズムを ヒステリックな国家意識に駆り立てて

脳みそから生まれたことばの素材を このおもちゃは呪われた道具である

蟻と化して群がるヒステリックな消費者たち 支配者の思惑ほどに

その土地に暮らし、生き続ける人々の 親子の関係がひと通りでない

激烈な貧富の差、不正、富の独占 支配の絶対的な力は永遠ではない

飼育場の家畜として太らされ、「幸福」を吸い取られ 西洋的な凄まじい欲望の嵐

底なしの人民の闇、点と線ではない広大な国土と人種、宗教の複雑さ、厚顔にも援助などという侵略 そのうち、いやになるかもしれない

何世代にもわたる、深い傷を心の闇に閉じ込めて ブラックホールの事象地平、その重力斜面に貼りつく情報粒子

狙い撃ち 思考の内にすべてが包まれ、その外に事物はない

不滅のエネルギーについてのことなのか 思考と情報粒子、その量子的なイメージ

地震、こちらは大丈夫 いわばグローバルアナーキズムというべき夢想、猫のしぐさ

量子スピンによる情報構造とつながりの発見 つまり思考の再構成

歩道の真ん中でそれを漁っていた
純粋創作への純粋欲望
残飯を手づかみで口に持っていって

ある男の日記 (時間洗濯屋)

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(序詩)
弱虫め、唸りを咽喉に押し込んで
砂まじりの風が 皺の深い顔を痛めつける
この海から滲みでた潮の匂いが 切なく胸をかきむしる
吼えたければ吼えるがいい
夜の続きは長いのだから
体を切り刻む、愛と憎しみの不毛
焼け爛れた咽喉でさえ
夜の続きは果てもなく 距離の総和よ
弱虫め、褪色したツリガネソウめ
人生の距離に長短はない
人生の距離とは平面で測れない
遮断物など、ありふれた事柄

(ふと、振り返ってみると)その男の影がまとわりついている。しつこくまとわりつく。男の残した匂いが幻臭となっていつまでも追いかけ回す。そのとき、肩にのしかかる耐え難い寂寥感が。それは救済のひとつであるのかもしれない。
彼が知りえているのはその感覚なのだ。現実という悪夢が繰り返される。首吊り自殺の公園、夜の樹木が。ロープを結わえた亡霊たち。彼らは反復を強いられるのだ。箪笥のフックやドアノブ。庭園の立ち木、その枝。鉄柵や格子窓。地下室と監獄。彼らは反復し循環し、消滅の恐怖を目前にする。ここから踏み出すためには狂気と決断が必要だというのに。

彼は吼えつけられるのには耐えられない、弱虫のひとりだ。しかし、銀杏の実は魔女の軟膏なのだ。性を唆すその匂いが媚薬となって彼を鼓舞するのだから。

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舞台があれば

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はじめははじめられたときからぬかるんでいる
げっけいは花るら神ばん
のど藻との芯でいる
下賜いだままふく情し
枷きのあ毬いきている

深く肉体の底にまでもぐりこみ
みだら波らいがおびきだす
せなかからおへひ烙うお
たに魔からてびょう死
そう受苦な斧のきあさ灰ちじく

そこから発現する
くらやみ蜷げ架けるゆりのはな
みつ壇のうえに礼たいを
さっち摩ると獏ばのすみで
たい沫にてらされ準ししゃのひかる

肉体や魂の汗が感じられない
こはくのせ遺子とうほうじゅんれい車
いんせき粥らめくこぼれお散る
ど苦のしたかちくのへんあつさ妖で須磨すく

1 2

まだらなはなもよう

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まだらなはなもよう
せなかに花火を入れたり
だれもいない部屋で
ぶつりぶつりと
つぶやいている

 鶉駅前バス停の雑貨屋
 この島の雨は止まってしまった
 思考が生じたところだから
 半月体の形成される 路地の温度
 バーボン樽 熟成のための空き樽

すると ほんとうに
じぶんもふくめて
だれもいなくなって
物理だけになっている

街灯に照らされる路面
窓がひかりを味方にしている
それぞれは同化していないし
包摂されてもいない

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風が

風が
わたしの細胞の間を
風が吹く
細胞の分子構造の間を
風が吹きわたる
分子の間を
ごうごうと風が吹きわたる
もうわたしとはわかりえない
物質と光の中を
風が吹きぬける
わたしは風となっているのだ
わたしはただ風となって
ひとしれず
去っていくのだ

不眠の森――「dance obscura(仮)」へ

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不眠の森――「dance obscura(仮)」の一章に用意された散文詩

 その森に迷い込んだときに、ある種の体系に毒された執拗な夢が送られてきた。それは、攻撃といってもいいかもしれない。その夢は、たしかに脳髄と神経システムの根幹を支配するDNA生命体がつくりだしたものである。

 飛膜のある翼を広げた男は、すでに死んでいるという噂はあった。それが数千匹の中の一匹なのか、森に住む数千匹の動物が一匹なのかは定かではない。
 数カ月前には、蝙蝠は死んでいるという予感もしていたが、確証を得る方法がなかったので、あてにならない郵便物や電話などを繰り返し送っていたのだが、やはりさまざまの不通の証拠が示されたに過ぎなかった。
 ダリあるいはサディと呼ばれるそのオオコウモリは、突然夜中にやってきて、どのような事情なのか、死亡日時も明かさずに、画家の名にちなんだ非日常的な音のない声を鳴らしていたのだ。もちろん、ばらまいていたのはそればかりでない。夢を作り出す夢の細胞とか、夢の核心である夢のDNAといったものなどである。死と死にまつわる闘いの秘密にも触れながら。

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棘の海――「dance obscura(仮)」へ

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棘の海――「dance obscura(仮)」の一章に用意された散文詩

 わたしがその兆候に気づいたのは、東南アジアの古い都市の旅から帰り着いてすぐのことだった。眠りから目覚めると、後頭部に何かしらの違和感を感じたのだ。簡単な打撲だと思ったのだけれど、嫌な気がしたのも確かだった。内部に向かった棘、触るとぐにゃりとしていて。
――わたしが肉体のゆらめきなのか、意識のゆらめきなのか。そのどちらでもいいし、そのどちらでもないのかもしれないわ。
 棘ということばから、わたしはとある大腸ガンの顕微鏡映像を思い描くのだが、頭部の細胞はなおもわたしを深く攻撃する。

 あなたからの国際電話の数日後にクリニックに行き、何軒かの病院を回り、大学病院の脳外科で腫瘍があることが判明した。
――たしかに細胞は、細胞膜という皮膜とその内側の物質で作られた肉体の基本単位なのかもしれない。けれどもその内部は物質ではなく幻想という内容物なのかもしれないのよ。
 わたしのこの女性的な感覚とは異なって、あなたは肉体を単に生命装置の発現だと考えているのね。生命の実現つまり細胞レベルでの分裂・増殖の正のベクトル、そして生命活動の抑制という負のベクトルを持つ調整装置だと。

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