おりおりのかけら

■おりおりのかけら投稿履歴

履歴


2017/06/29 0:06:

【かけら】
元日本電子出版協会会長の長谷川秀記さんが急逝された。
20世紀末に小生も同協会に参加しており、年齢が近いことから、長谷川さんとはいささかの関わりを持っていた。飄々とした人物で、じつに懐かしい。
いずれ向こうで邂逅するを楽しみに、小生、いくばくかの残余の人生の渦中にあらんと。
   合掌  2017年6月



2017/06/25 7:01:

【かけら】

近所で買った花。セロシア・カラカス、ハツユキカズラ



2017/06/09 3:13:

【かけら】
草稿がだいぶ溜まってきたので、一部を公開してみた。
現代宇宙論イメージを背景にした、詩的言語によるフィロソフィカルな散文作品である。
長篇詩集か、小説か、まだ出版形態は未定だが、引き受け手があればいいのだが。
9割方進んだので、完成は間近だ。支援いただければありがたい。



2017/06/04 18:53:

●吐息を、ふっと 9

 肉体に付随する基底意識に対して、抽象化されることで身体機能として重なりつづける仮想・表層意識は、統合体意識として身体、人格、精神の深部を形成するのかもしれない。
 この統合体はなまの原始的な肉体とは別に、成長する身体過程の記録という抽象的上位構造を形成する。これは概念構造であるが、身体の消失とともに死滅する。それこそ死の果実であり、失われるべき過去の一切の記録である。
 生命体が一個の生命樹として成立する根拠が、この生物的操作としての細胞記録である。つまり、細胞記録こそが一本の生命樹の存在理由であり、目的だといえよう。



2017/06/02 23:56:

【かけら】
●吐息を、ふっと 8

 それには、まず神経細胞の抽象的な信号反応を原意識とみるのである。
 基底意識自体は単一細胞で発生する比較的単純な原意識によるコアと考えてもいい。そしてそれは原意識の駆動的な初期信号反応による肉体的反応から始まる単純な複合体意識として構築されるのだろう。肉体そのものの直接的な駆動意識は、単純な抽象性ではあるが、反応の感受性には神経細胞に直接接続していることによる生命強度をもつ、ある力が想定できる。発火活動の直接性というインパクトである。



2017/06/01 2:39:

【かけら】
●吐息を、ふっと 7

 はたして意識はその生成の原因とは別に、生命体にしか存在しないのだろうか。あるいは、意識は生命体と区別することは可能なのか? つまり、その生命体の消滅後、存在しえないのか、あるいはその外部に存在することは可能なのか?
 有機生命体樹のどのレベルの個体かは問わず、個体自体の遺伝、代謝などの変換機能によって、自己保存、複製、増殖する個体(細胞)とその組織、さらにその死滅まで、つまり個体発生から死(消失する)までのプロセスをもつ、生命樹の全物質の外部に、個体としての意識は存続できるのだろうか。
 意識自体が抽象的な概念で、肉体そのものの器官ではなく、かといって物質的器官であるわけでもない。明確に身体の外部にあるものでもなく、それゆえ身体内部にあり、それと関連する機能、属性、代謝物であるとみることは可能なのではないか。



2017/05/29 11:39:

【かけら】
●吐息を、ふっと 6

 ところで、意識は身体構造から自立できるのか、あるいは自立にいたらずとも自立的抽象性と見ることは可能なのだろうか。
 意識が原意識ともいうべき基底構造を持つならば、それは単一意識というべきだろう。あるいは原意識を発振する枠組みのようなもの。中身がなくとも、意識の形が形成されているのだ。しかしそれは突然発現するわけではない。原意識という空間で蓄積、混合された物質的な確率の集合体として関係を結ぶのではないか。つまり、一個の細胞内に点在する原意識という、電子と電磁気で構成される仮想の発振器官での確率収束を信号として生成し、複合体意識、肉体意識の形で発信するのである。
 これらは統合化され、仮想意識、表層意識として、まるで意識そのものが自立器官のように組織化されていく。しかしそれは、あくまで生命体の仮想器官であるので、生命単独の範囲でしか存在しえない。個体生命の消滅と同時に消失するのだ。そのようにして、意識自らの空間でのみ、生きかつ死滅する。



2017/05/29 0:07:

【かけら】
●吐息を、ふっと 5

 無間の底なしの暗闇からその濃淡の樹脈は重なり続けているとはいえ、意識の表層などという明晰な精神の歴史など、本当にあるのだろうか。仮に、生命体がこの宇宙でただひとつの明確な生命樹でしかないならば、派生するあらゆる枝脈は分断と有限の袋小路に突き当たり、すべてはすでに枯渇しているはずだ。生命樹の脈管はそれぞれの意識のかたまりとともにあり、生命それぞれの進むべき現象は細胞意識の重なりとともにあるからだ。細胞意識が生命の枠組みの内部にあるならば、生命自体も意識の限界に阻まれている。
 無数の生命体が無尽蔵の生命組織の複合体であるとしても何も変わりはしない。ものみな、意識の生存限界に阻まれるのだから。



2017/05/27 22:01:

【かけら】
●吐息を、ふっと 4

 それは、細胞内部でナノレベル以下の電子が持つ物理的な量子効果、つまり波動の性質が生まれる〈場〉のことだ。そこでは波動関数の収束による物質的な決定要素がさらに集積され、細胞レベルで捕捉可能な信号群として統合され、抽象化された生物反応を形成するのである。この量子の確率収束それぞれを〈物質の思考〉と定義し、これらの物理的な事象を集合させた生物的な反応過程を〈意識〉と定義することで、細胞内の基底意識を身体と分離し、改めて思考と意識を区別できるのかもしれない。



2017/05/27 12:27:

【かけら】
●吐息を、ふっと3

 そして意識の基底単位についても、それがシステムの下位構造であるのかをさらに問うべきではないのか。少なくとも何か属性的な機能、あるいは神経細胞の活動の結果という抽象的な代謝物ではないのか。それは細胞サイズの器官における事象ではあるが、ナノレベル以下の物質過程に関係しているのではないか。細胞間通信機能の中で醸成される抽象的反応のかたまりは、たしかに細胞活動の付属成分だが、この属性の代謝を主導的に牽引するのは、物質の物理現象が普遍的に発生し、絡み合い、確率的な世界が濃密に現れるからではないのか。



2017/05/26 7:37:

【かけら】
●吐息を、ふっと2

 たしかにニューロンはどこまでいっても細胞組織だから、それは連続する細胞間通信の生命体組織だ。個別の細胞間通信自体は単一情報の断片だが、ニューロンは〈流れ〉を構築する流体構造物なのだ。
 意識がその断片、あるいはそれらの流体構造そのものであるとはいいえないが、意識が身体に依存していないとも断定できない。身体という概念が生物構造体を示すならば、神経システムがその支持構造のひとつであり、神経細胞が基底の単位組織であり、意識の流れ(連続性、非連続性)がそれらに密接に関係していることは疑いようがない。しかしそれでも、意識の生成自体がこのシステムに起因しているのかどうかは疑わしい。



2017/05/25 12:14:

【かけら】
●吐息を、ふっと
 もうひとつの夢から逃れようというのか、だれのしわざか、肩先から吐息がふっとこぼれ落ちてくる。直観が破片のように舞い降りて、霜柱のように湧いてくる。
 それからしばらくすると、細胞間通信ということばが浮かぶ。生命システムが私を唆しているのだろうか。少なくとも生命システムが支配する範囲では、神経線維(ニューロン)がその回路を通じて、生命機能としての意識を生成、組織化しているに違いない。私はそのときまで、意識は機能の抽象化ではなく、生命体の断片のつらなりであると考えていた。しかも、それは物理断片ではないもの。



2017/04/25 14:32:

【かけら】

久しぶりに、中野セントラルパークの春の日。



2017/04/12 1:40:

【かけら】
4月に集中している亡父の誕生日と娘の誕生日、孫の誕生日を記念して、もうじき完成する予定の詩小説の一部を公開してみた。



2017/04/12 0:08:

【かけら】
正月からの自発的な食事制限の検査数値が落ち着いたので、蛋白質とアルコールの制限を少し緩和できることになった。痩せた筋肉が痛み出していたので、多少筋肉をつけることができるだろう。体重も3キロほど増やしたいし。
精神的なストレスも改善するはずだ。