おりおりのかけら

■おりおりのかけら投稿履歴

履歴


2016/07/26 14:50:

【かけら】
Super-string Remote power: 遠隔力, 2006.8, oil, concrete panel, 90×180cm
Super-string Remote power: 遠隔力, 2006.8, oil, concrete panel, 90 × 180cm
⇒Works



2016/07/26 14:26:

【かけら】
(Felliniについての覚書)
――『8 1/2』

ジュリエッタ・マシーナへ捧げたフィルムなのだろう。すぐ後に『魂のジュリエッタ』という作品が作られるのだが。
プライベートな真実も、妄想も、回想もぶち込んだような作品。



2016/07/26 10:45:

【かけら】
(Felliniについての覚書)
――『カビリアの夜』

ラストシーンでは、若者たちの一団がまるでサーカスであるかのように音楽と祝祭という形で不幸のどん底にあるマリアを包み込み、心を励ましていく。
幾度となく繰り返しても、悲惨さをなめても、否定しきった神をもまた信じようと、あらたなマリアの復活の人生はつづく。



2016/07/25 19:33:

【かけら】
(Felliniについての覚書)
――『カビリアの夜』

マシーナは、独特の演技で胸に迫るが、たしかに胸を打つ表現であるのだが、観客にそれ以上を求めるものでもない。
血の涙を流したマリアはまさしく殉教のマリアであるが、観客はそれ以上に強く生きるマリア、未来への希望によって復活する人々に共感するのである。



2016/07/24 12:38:

【かけら】
(Felliniについての覚書)
――『カビリアの夜』

とはいえ、それらをまたひっくり返して、あのごったまぜのようなフィルムの編集はじきに復活していくのだが。
この作品自体は、そのような意味で、情緒は根にはあるもののフェリーニから最も遠い。それでも、世間的な作品の完成度から離れることで飛躍していくフェリーニ映画の、次のステップを充分予望させるものだ。



2016/07/23 20:30:

【かけら】
Super-string Scope (2/5), 2010.12, oil on canvas, M20×5(72.7×303cm)
Super-string Scope (2/5), 2010.12, oil on canvas, M20×5(72.7 × 303cm)
⇒Works



2016/07/23 20:22:

【かけら】
(Felliniについての覚書)
――『カビリアの夜』

『道』ではカットしながらよくわからなくなる場面が、ここではよく整理されている。しかし、その分、あの不思議さが薄れているというのが、この作品だ。
とまれ、ポイントポイントはよく練られている。フェリーニの初期作品の技術的な向上ともいえるのかもしれない。



2016/07/23 6:48:

【かけら】
(Felliniについての覚書)
――『カビリアの夜』

だが、この作品はストーリーに無理がなく、観客の想像通りにすべてが運ぶ。それは、作品が凡庸であるというのではなく、監督が手馴れた題材を実直にこなして、かつ娼婦たち、裏切り、希望だとか、サーカス、音楽といういつものテーマが、安定した素材となっているからだ。



2016/07/22 14:04:

【かけら】
(Felliniについての覚書)
――『カビリアの夜』

抽象化と省略、余分にある多くのフィルムから冗長性をそぎ落とす作業。おそらく、その製作現場では大量の撮影場面が用意され、これを取捨、カットする独特の感覚的な編集スタイルがフェリーニ作品の奇妙な構成となっていく。
もちろん、それが彼の作品の魅力であり、『道』ではストーリーばかりではなく、画面の抽象性、まとまりに拘泥しない実験的な態度とおそらく密接に結びついている。



2016/07/21 9:47:

【かけら】
(Felliniについての覚書)
――『カビリアの夜』

この作品は、フェリーニ作品の中では非常にわかりやすく、ストーリーも実に自然である。このことは、フェリーニにとって、製作における編集の占める位置が重要であることを示すものである。
『道』の謎めいた流れと比較すると、この作品では2カットくらいしか(洞窟にすむ貧者に分け与える善人の意味するところ、説教に回る修道士とカビリアはどう関係するのか、など)謎めいた箇所はない。



2016/07/21 9:29:

【かけら】
Super-string Search for liberating impulse: 解放衝動の探求 I, 2006.4, oil, canvas, 130.3.3 × 162.0cm
Super-string Search for liberating impulse: 解放衝動の探求 I, 2006.4, oil, canvas, 130.3.3 × 162.0cm
⇒Works



2016/07/20 22:13:

【かけら】
(Felliniについての覚書)
――『道』

綱渡り芸人は、このような人間の道に導くための堕天使なのか、あるいは神の現われなのか、それとも悪魔のささやきなのか。
ザンパノの道は我々の道、人間の絶望の道。



2016/07/20 9:41:

【かけら】
(Felliniについての覚書)
――『道』

隣に天使がいることに気づかずに人生はつづき、天使の死が人生の不幸を自らに刻印する。
運命、過去、人生とはこのように取り返しがつかないものであるために、残酷で、絶望的で、不運なものなのだ。



2016/07/19 23:15:

【かけら】
(Felliniについての覚書)
――『道』

ジェルソミーナ!
予知、現実を切り替える力、パントマイム風の演技。
天使と幼児性、あるいは幼児性と年齢とのギャップによる現実回避が白痴の概念。ドストエフスキーの「白痴」のムイシュキンでは現実と神的世界観との乖離がその位置を示している。



2016/07/19 10:03:

【かけら】
(Godardについての覚書)
――『ワン・プラス・ワン』

作品自体は、音楽製作の現場と政治的な映画制作との現場を同質の緊張感で結合させていて、政治的な意味も含めてじつに先鋭的で気持ちのいい作品だ。
当時ばかりではなく、世界の現実において何が問題でどう向き合っていくのかという戦闘的な姿勢に連帯の意を強くする。