草稿●遠いところ

 たしかに生命は自己複製、自己増殖が可能な有機的生物を対象にしたもののように見える。そして、有機的な生物は脳神経系統を基軸に、化学反応による電磁気の信号によって情報交換がなされている。また、細胞間、遺伝子間で未知の通信がなされているかもしれない。それらの情報は、生理、感情、感覚、知覚などに分類され、脳内レベルで意識として統合されているのだろうか。さらに、その過程で切り捨てられる、意識になる前の意識の素材と断片、脳内の使用前の意識領域、リセットされていない意識領域――。
 私はコンピューターの物理的なイメージに近づきすぎているのか。

 私が問題にしているのは、意識が身体構造に支配されたものなのか、細胞それぞれに起因するものなのか、それとも意識は意識として自立しうるのか、ということである。つまり、生命とはどこまでの範囲を指すのかという問題。生命は時間と空間に関与しているのか、宇宙と直接的にも間接的にも関係があるのかという物理問題。
 さらに、次のような疑問にも突き当たる。

――意識は生命体にしか存在しないのか。
 情報システムとして考えると、自立的ではないにせよ、コンピューターのような無機的な物体も存在している。もちろん、生理、感情、感覚、知覚、意識などは備わっていないから、これをもって生命系と比肩するわけにはいかない。
 しかし、ほんとうにそうだろうか。有機的生物の生理、感情、感覚、知覚、意識などは機械に替えがたいから、これをもって自立型生命を証明できるといえるのかどうか。なぜなら、生理、感情、感覚、知覚は化学反応であるから、電気的信号で処理できると考えることはさほど困難ではないからだ。

――問題は意識であるのかもしれない。
 私は、肉体と身体に対して、意識が自立的な存在かどうかに疑問を抱いている。なぜなら、意識も肉体がなければ存在できないからだ。意識も脳神経機構がなければ現れることは不可能だ。だとすれば、結局は肉体と身体に属しているものなのではないか。身体機構が滅びれば、消滅してしまうもの。少なくとも細胞がなければ存在しない。意識は永遠ではないのだ。少なくとも生命体とともに滅びる生物学的物質らしきもの。
 しかし、だからといって、無機物に意識のようなもの、つまり判断したり、あるいは意思があるのかないのかなどと、決めつけられるものではない。ここにきて、私は何を示唆したいのか。

 意識は存在の本源には関与していない。私は、意識は生命体の機能であって、この意識を作り上げる生命とは無関係な核のようなもののことを考えているのだ。脳細胞は、生命体は、そのような物質を利用して意識を発生させているのではないか、と。
 私はさらに考えを進める。生命体は意思を持ってはいない。意思は生命とは別のもので、個々の存在は生命とは別の次元のものに根拠を持っているのではないかと。そこではじめて、私たちは物理的自然、物理的宇宙と結びつくことができるのではないだろうか。

 ところで、意識は身体機構に隷属させられているものかどうか。それとも肉体に密接なものなのか。あるいは私の考えているものは無意識ということなのか。これは精神と言い換えても同じなのだろう。
 問題は、それらが解放されるべきものなのか、独自の存在なのかということにある。
 自立した肉体。自立した意識。強制によらずに自決できる存在として。

棘の海――「dance obscura(仮)」へ

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棘の海――「dance obscura(仮)」の一章に用意された散文詩

 わたしがその兆候に気づいたのは、東南アジアの古い都市の旅から帰り着いてすぐのことだった。眠りから目覚めると、後頭部に何かしらの違和感を感じたのだ。簡単な打撲だと思ったのだけれど、嫌な気がしたのも確かだった。内部に向かった棘、触るとぐにゃりとしていて。
――わたしが肉体のゆらめきなのか、意識のゆらめきなのか。そのどちらでもいいし、そのどちらでもないのかもしれないわ。
 棘ということばから、わたしはとある大腸ガンの顕微鏡映像を思い描くのだが、頭部の細胞はなおもわたしを深く攻撃する。

 あなたからの国際電話の数日後にクリニックに行き、何軒かの病院を回り、大学病院の脳外科で腫瘍があることが判明した。
――たしかに細胞は、細胞膜という皮膜とその内側の物質で作られた肉体の基本単位なのかもしれない。けれどもその内部は物質ではなく幻想という内容物なのかもしれないのよ。
 わたしのこの女性的な感覚とは異なって、あなたは肉体を単に生命装置の発現だと考えているのね。生命の実現つまり細胞レベルでの分裂・増殖の正のベクトル、そして生命活動の抑制という負のベクトルを持つ調整装置だと。

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寄稿: 佐藤裕子「トロイメライジギタリスプラシーボ」

トロイメライジギタリスプラシーボ 佐藤裕子

冬眠する娘たちが鼻歌を奏でながら不調法にも鳴らす咽喉
 驚いて胡椒入れの陶器は割れ咄嗟に飛び出す三毛猫
もう一匹は満潮時ずぶ濡れで頭まで詰めた塩はメキシコ産
 沖合では縮む足を解き客船が歩を踏み外す星間航路
昇り切る折れ曲がった急勾配を立ち止まる砂地は遊園地跡
 思い出の部屋の入口は一つ俘虜が開けた横穴は沢山
折り畳んだ花片が積もる除けても除けても同じ女の百の顔
 ドライフラワーを食らう木馬木馬を駆るアルマジロ
鎧を繋ぐ装飾文字は切れ胴着を開け遠出に出るスピード
 護身に歯痛止めに蜜蜂を呼ぶ為に眠りへ入る持ち物
菩提樹戦ぐ丘から吹く風を1カラットずつ包に込めて弾丸
 昏睡より睡魔と遊ぶ行きつ戻りつ徐徐に手離す雑音
伽する羊の寝息を数え幸の木が伸びる駆け足紛れ込む小言
 夜の大河で滲んだ色を晒し浮かぶままにしりとりを
もっと深い二度目の眠りをおやすみなさいハミングバード

(2017.3.25)

不眠の森――「dance obscura(仮)」へ

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不眠の森――「dance obscura(仮)」の一章に用意された散文詩

 その森に迷い込んだときに、ある種の体系に毒された執拗な夢が送られてきた。それは、攻撃といってもいいかもしれない。その夢は、たしかに脳髄と神経システムの根幹を支配するDNA生命体がつくりだしたものである。

 飛膜のある翼を広げた男は、すでに死んでいるという噂はあった。それが数千匹の中の一匹なのか、森に住む数千匹の動物が一匹なのかは定かではない。
 数カ月前には、蝙蝠は死んでいるという予感もしていたが、確証を得る方法がなかったので、あてにならない郵便物や電話などを繰り返し送っていたのだが、やはりさまざまの不通の証拠が示されたに過ぎなかった。
 ダリあるいはサディと呼ばれるそのオオコウモリは、突然夜中にやってきて、どのような事情なのか、死亡日時も明かさずに、画家の名にちなんだ非日常的な音のない声を鳴らしていたのだ。もちろん、ばらまいていたのはそればかりでない。夢を作り出す夢の細胞とか、夢の核心である夢のDNAといったものなどである。死と死にまつわる闘いの秘密にも触れながら。

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寄稿: 佐藤裕子「ティールームで」

ティールームで 佐藤裕子

根の息は繊細で聡い否定すれば罰を受ける身に付けた心得
 化粧の落ちた変装が隠す患いを解こうとする嫌な癖
憐憫を誘わない為にも背筋を伸ばし日課とする爪の手入れ
 丁寧に丁寧に一つひとつが理無闇に侮れない言い訳
適度な隙は潤滑油を流し電流を送り空調を整えるオフオン
 縁側を駆けた学帽再び訪れるミシンのセールスマン
メビウスの回廊はいつ何処の物とも知れない仕合せ尽くめ
 冷笑も懐疑も煮詰め茶を出す頃客はなく雑草の花畑
手続きを踏み遠隔操作に一役買う華やぐ笑み瞳は宙に据え
 濡れた割烹着は空中の余白を奪い取り病的に浮かれ
警備が始終通せんぼう包みを嗅ぎ袱紗の中身をねだる真似
 電車通りのパーラーは味が落ちたし内装も見せ掛け
襟を正し昨日と云う夥しい頁から抜き出す昨日の正確さで
 けれどあなたは上の学校へ行きそこで空襲に遭って
セメント漬けのことばはお代わりを勧めるやはり苦し紛れ

(2017.3.25)