寄稿: 佐藤裕子「籠の中」

籠の中 佐藤裕子

鋼造りの扉を指紋だらけにした指腹の躊躇いで口唇に怪我
 明るむほど蒼褪めるシリウスへ幾つ放つ深刻な接吻
砂金採りが去った凍河でくの字に折れる夢遊病者の抜け殻
 破裂しそうな水泡を連ね清流を築けばふと湧く朽縄
平らかな地の果て海は雪崩れ紙細工の親水性で解れる帷子
 落下が剥ぎ取る藻屑を追わず水影に留まる木霊幽か
待ち伏せられたように倒れ石切り場の裂傷へ沈む陽炎の背
 薔薇色に翳る陸地では全ての矢が一つを射る鍵言葉
真白い丘が俯角に張った冷気の糸に囚われて直立したまま
 カプセルの火は記号で出土するフローズンフラワー
囀りの主を探す窓瞬くほど数を増す真夜の星の眼のない魚
 些細な憐憫読心術から身を護る強迫観念は危い両刃
ただ飛翔の為に砂上に降り砂になるポーチへ降り積む黄砂
 開けたドアは直ぐ様封印希望を見ず憧憬に覗かれた
何枚も脱ぐ仮衣現身は理由なく唇を噛み又光年を飛ぶ魑魅

(2016.8.4)

寄稿: 佐藤裕子「廃園」

廃園 佐藤裕子

摩擦で剥がれ冷熱で砕けた月の箔が降り掛かり見る静けさ
 ラジオは無風を受信し聞きたければ聞こえる花の香
錆びた関節にも蜜蝋を含ませ楽師は待つ無言に従う奏鳴曲
 アールグレイは蒸発し数え切れない雨が乾く受け皿
花盗人を捕らえた大樹に深い条痕緑陰さえも蝕まれたまま
 竪琴の天使達が小枝を組む台詞を思い出す昔日の庭
傾いたテーブルは叢を払い病葉を摘む花籠から滴るリボン
 戯れが過ぎれば長い夜不穏な濁りの澄まない温度差
回転覗き絵の厚紙を首飾りにして横たわる胸像のレプリカ
 眼窩へ詰めた月光は身動ぎ続きを見せる夥しい落花
中庭で晩餐が始まる赤と黒で隈取した客が到着したならば
 背信には無関心躊躇いは許さない蔓薔薇は閉じた扉
迷う者を送り出す祝福の真似事と偽の査証で跡形ない昇華
 アーチだけは欲しいと頷く少女の足許で戦慄く指は
前触れもなく青銅に変わり霞んで行くそれは己の手だった

(2016.8.4)

寄稿: 佐藤裕子「十日特急112便」

十日特急112便 佐藤裕子

都市間バスの路面には発車時から並走する花がある白白と
 夜目に物言うオープンマウス聞き流す傍から曇る窓
寄る辺ない名当て所ない行方開く距離を堪える臆病な節度
 呂律の回らない振動音が接触するたび洞窟の反響音
毛布の包みは空カーテンの中は無人乗客は外出するもっと
 混み合う時間帯でも高速道路を飛ぶ命知らずの人人
盲野でトルソは仮面を探す頷く為の無表情より微笑む型を
 疎かにした日課は悔いリボンを掴み青毛を呼ぶ幼心
とうに昔話と傍観者を装う中空の庭師の落ち着かない手許
 どう選んでも同じこと熟知の迷路を探す迷うカード
帯封を切り濃霧を上り雲になる王王妃道化師や兵士たちも
 門を出て振り向いたあなたも仕草一行に働く鉤括弧
小まめに乗務員が通路を進むリズミカルな指差しカウント
 声のないことばで気管を狭めたアンバランスな笑顔
素知らぬ振りで花を拾い明日を迎える海の朝まであと半分

(2016.8.4)

寄稿: 佐藤裕子「女狐」

女狐 佐藤裕子

襟元の斑が物憂いドレスは湿原で染めた裏絹夏毛を遊ばせ
 獲物を分け合わない雄たちなど見向きもせず野末へ
手荒に施錠を解く不揃いの覚醒時折り眠気を握り返す寒気
 根を広げ繊毛は走る五官を備え旅装を設え土を撓め
変態する虫の懐中時計風向計に立ち止まり不意に嘶く草笛
 急いた芽を噛むとき後退る味蕾押し除け熱持つ裏声
煙り始めた背景が点点と粒立つ額を反らせ受け取る輪投げ
 定理を示す谷地眼の邪な従姉妹はジョーカーも兼ね
明晰に捌く多重根泥が滲む頬に迷彩を刷く雨模様の気後れ
 目覚めてみれば月光は気怠く喉の辺で湧水は生煮え
臙脂色の絶縁体を境に挟み放電した三日月の顔はうろ覚え
 ケンタウロスのガラスブロックが十も二十も欠けて
巡り巡る季節を憶えていて滾るだけ滾り定まらず時間切れ
 嫉ましいほど美しい銀髪の王瞳が合えば攻撃サイン
蛇を呑むとき口から入り玉門を抜けるどこか肉感のある風

(2016.8.4)

寄稿: 佐藤裕子「砂の上の休日」

砂の上の休日 佐藤裕子

油断は容赦しない囀り憧憬が裏返ると焦燥だけが目に付く
 通過も後戻りも嫌う観覧車が最小の苦笑で吊る口角
不躾な舌を裂傷は許す問わず語りの縁を溢れる塩辛い色水
 浮き足立つ魚類の乱反射戦ぐ血眼にはスパンコール
複写の度に劣化し増殖時に死滅する有り様も見慣れた星屑
 継ぎ接ぐ箱の中身も知らず鉄骨を組む空中クレーン
空白に置く主語は爬虫類顔で喜怒哀楽のどの方位にも転ぶ
 自惚れで計を立てる段ボール迷路解体後は神経衰弱
付箋が情緒を担い投げ挿した違和が不在証明を無効にする
 古い倉庫で煌くオルゴール取り残された抑揚も商う
蔵の土壁に大漁旗を掲げると浮き玉の浮力はアンティーク
 海霧の母たちが腱を緩め孵したサイレンを遊ばせる
後ろ手で張る罠に事欠かない微睡み捲れる笑顔はみな盲点
 膨らむ面積を移動する灯思索が追憶に紛れ礫を積む
鬱蒼と連結するシャッターは海に向かう矢印露出した地層

(2016.8.4)

寄稿: 佐藤裕子「バッドランドから」

バッドランドから 佐藤裕子

単調な声音は綴りに換え流れ出す頬骨の辺りで心許ない靄
 大理石になる水を雲と言い大伽藍と指す遥かな岩山
螺旋階段を上った展望室の窓に息吹きを受け変色した地肌
 満月の肚は純金で肥え横顔に靡く銀糸滑り落ちて肩
淡淡とした口振りが禁忌を遮る為よりも苦痛の余りならば
 風下に立ち受け取る種大角羊が産む肉と豊かな毛皮
擦れたざら紙は記録する山の男たちは空を追われ座礁した
 割符を出す商人たち九十九折を行き交う様様な言葉
更紗に包まれた花嫁は贈り物が溢れる櫃で従順に身籠った
 揚羽のような嬰児鳥の眼を持つ娘空の女に似せた姿
やがて瘴気が追い付く地上の時間の千年は過ぎ始まる千年
 雅歌は語り羊は滅び夢になる町は初めからなかった
硝子があることを忘れ伸ばした指に冷気が棘刺す鋭い叱咤
 案内人が身に着けた古来の織物は毛羽立ち羽毛の腕
髪は煙り寄り掛かる壁は苔生し擡げた爪先から始まる石化

(2016.8.4)