寄稿: 佐藤裕子「日誌」

日誌 佐藤裕子

既視は何処から聖像から頭陀袋の口を締め邪気のない笑み
 近付く距離を退く小魚の回遊失せた焦点を掠めぬ類
気取った仕草で珠を磨くように徒に掛ける暗示掛かる暗示
 日日変わる標識を見逃す不注意から尋問される異人
疑似餌には跳び付いても許さぬ心根飼育ならば怖怖手探り
 勢い付く頬擦りで耳打つ履歴日記が省く新手の呪い
律儀に左右の頬擦りを返すと汚水上を群れる綿埃は拡散し
 ギシギシと天蓋が回り頸を押し壁に食い込む三日月
凝視を黒く塗る悪い言葉最愛と怖れは手擦れた硬貨の表裏
 身動ぎもせず通過を待つ生まれつき獏は悪夢喰らい
耳が邪魔で耳を捥ぐ煮え湯で縮む軟骨耳が無ければ口無し
 自動的な頷きに作動する信号僅かな嘔吐に蒼い血糊
喋り疲れ止まる車輪の下敷きで風に吹かれ夢想する野晒し
 憧憬の贄が劣化して荒ぶ乾期発火しやすい有毒気体
暫しその姿勢何も無くなりもっと何も無い処へ行くがいい

(2016.11.15)

寄稿: 佐藤裕子「迂回の渦」

迂回の渦 佐藤裕子

群れ成す木霊を引き連れて像は目覚める鍵盤を削る金属音
 不滅の時を東方に隠し方位磁針の置き場所は遺失物
踏み出し崩れる階段で由無し事に気を取られ戻れない転調
 海側の窓越しは欠け落ち汚水が迸るジグソーパズル
苦し紛れに息を止め錆浮く爪を噛む癖が病んだ現身を照合
 蓋が閉まらない小箱は色取り取りの操り糸に事欠かず
歪む五線に乗り上げたピアノピアノ線を恐怖する大型バス
 迂回し迂回迂回の渦攣る指を広げオクターブの絶叫
ゆらり霧中を進む失踪説急ブレーキで審判図を焼くバイク
 曇ったガラスの鉤裂きは何処までも捲れて行く幼年
粉末ミルクの缶にはそれを持つ少女が果てもなく存在する
 蝋燭の消える音を聴く次いで燐寸を擦る低空を見る
床で動く影絵硝子を抜け伸びる唐草銀の月と青い星の軌道
 向かい側から解体工事の唸り廃材を集めるショベル
暗闇に置いた眼を洗い水に落とした耳を拾い調和の後は無

(2016.11.15)

寄稿: 佐藤裕子「金婚式」

金婚式 佐藤裕子

潮騒から分かれたコーラスが天鵞絨を敷く緩い勾配を上り
 庭先で迎える親密な抱擁へ華やかな微笑を返す礼儀
いつもおきれいと言い交わす女同士の狎れ合いも挨拶の内
 写真はピアノの上音符を連ね大音量で進むムービー
短い受け答えに意味深な文句不意に瞳を覗く無意味な探り
 血のソースを糖分過剰にデザインする悪趣味な味蕾
親友と呼ぶ彼女に借りがあったギフトのリボンを結び直し
 耳に付くマリーの曲交流する声波長を重ね相似の漣
失念した杖の在り処を探すより彼が彼女の腕を取る自然に
 粋な計らいテノールがお気に召したら成り行き次第
情熱に不可欠な難所は約百日を経て例外なく安全な避難先
 日常化した不法投棄の海岸を眺める冬枯れの記念日
一張羅を貸し借りし一つのベッドで寝た姉のようなお友達
 未亡人の金婚式で夫役を果たした男は依然所在不明
招待状にあった住所はステッキが立つ更地又暫く会わない

(2016.11.15)

寄稿: 佐藤裕子「遠い処」

遠い処 佐藤裕子

北極点の上空から月の軌跡を避けながら糸を掛ける大蜘蛛
 故郷を剥がれた天使の黒衣は風に膨らむ分だけ虚ろ
狼は緑青を抱き電磁模様に沿い進む鉄の臭いも届かぬ速度
 毒虫が編んだチュールを被ると火渡りさえ楽な通路
紋章や使い魔になるよりも博物館を出て人里を離れること
 ドラゴンの恋人たちは足指を反らせたアクロバット
屋上の踊り場は立つのがようやく追い詰められた岩山の尾
 欲望の全てに精通した処女の膝で変形する純潔の獣
面白半分狩られた飛べない鳥達重い翼に赤茶けた楽園の泥
 ノッカーやゴブラン織りやガーゴイルになるよりも
象牙のブーメランで鬼火を割り土壌に弔花を織り込む静観
 強張りを縮め直角で交わり零れる一刻一刻もろとも
象の背中でトーテムポールに成り済まし検問突破パレード
 防護服がシステムであれば無人のメインストリート
外側で燐を燃やす沙漠の所所にまだ煙を上げる流星の爪痕

(2016.11.15)

見夢録: 2016年07月01日-31日

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日録■2016年07月01日-31日

■2016年07月01日 09:53
【かけら】
(Godardについての覚書)
――『勝手にしやがれ』

常套的な布石が豊富である。つまり、この映画ではストーリー性は効果としてだけ位置づけている。
台詞、しぐさの象徴性、繰り返し、駄洒落などによって非連続性を意識させ、観客の視点をひきつける。そのことで逆にわかりやすい印象だけがあらわれ、新しい時代のフランスに受け容れられていく。

■2016年07月02日 12:13
【かけら】
(Godardについての覚書)
――『勝手にしやがれ』

アメリカへの憧憬と距離、新しい知性と時代についての関心。
道路では盗んだ高級車がひっきりなしに走っている。
アメリカ映画のポスター、テレビのインタビュー現場、電光表示で次々に流されるミシェルの追跡ニュース、ひっきりなしに手にされる新聞、時代は情報で溢れていく。

2016年07月02日 05:50
【かけら】
(Godardについての覚書) ――『勝手にしやがれ』
モノクロのハンディカメラでとらえた夜のパリはいいなあ。

2016年07月02日 15:29
【かけら】
(Godardについての覚書)
――『勝手にしやがれ』

しかし、本質的には、事件やストーリーを追っているのではない。ジャン=ポールとジーン・セバーグの会話、ことば。とくにパトリシアのアパートの狭い部屋での近代の知性と無教養さとの衝突と抵抗。
ゴダールの哲学的な言明が、両者のそれぞれの立場から溢れるようになされていく。これが、ゴダールのもっとも「らしい」スタイルだ。
さまざまの引用、文学、アート、建築。あらゆる引用という断片、映画のカットも断片の重なりであるというフィルム編集、場面の交錯。
ここに、立ち上がる新しいフランス文化、思想の息吹きが感じられる。イタリアのヌーベルバーグとは異なった、知のフランスへの突入を強く印象づけて。

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