寄稿: 佐藤裕子「ゆくりなく」

ゆくりなく 佐藤裕子

古い行李で棘を刺す四季の半襟帯締め端切れで拵えた巾着
 鎖を掛け金モールで縛りチェコ硝子の首飾りを巻く
風呂敷に染め抜いた呉服屋の屋号と局番のない三桁の番号
 紫水晶の数珠に通し剣も鎌もない時は十字架を置く
俯き加減で祈る少女は絵物語の挿絵爪を立てて糊を剥がす
 浮き彫りが擦れたイエス様は心成しか微笑を下さる
袋の中に袋袋嵩のわりに軽いのも道理大切な物小さな秘密
 罪のない想いだった思い詰めると憧れ出る魔を知る
ゆらゆら陽炎に浮くアメジストロザリオを切る算盤ビーズ
 透けたハンカチに寝かせ羅紗紙と重ねた油紙で包む
空行のある日差しへ反射を投げて束の間の自転で摩滅する
 封筒を作り納める風呂敷は固く結び箪笥の底へ隠す
縫い取りを読ませることなく頭文字は捩れ煙になるローン
 増え続ける影を鏡に挟んだもう生成とならないよう
腐蝕した金属は生き物の臭い枷が掛かった真黒い鏡が二つ

(2017.3.25)

寄稿: 佐藤裕子「十六夜」

十六夜 佐藤裕子

見納めになる岬の塔も鏡の水場も初めて眺めたものばかり
 他人の地所を通ることなく行列は隣国へと動き出し
一度出たら二度と入れぬ門前でまだ足踏みする供の者たち
 日に数センチの布を織る織り子は何代お針子は不眠
今日を待って道は敷かれ山の斜面へ海の際まで広がった町
 経緯は端本となり求める度に違う記述を説く信憑性
糸も乱れぬ儀式の厳しきと緊張は中程から緩み祭の賑わい
 いつの間にか住みついて自らを失踪者と呼ぶ人人に
道すがら加わる足弱は手を引かれ遅れた幼児は背中で寝息
 調子外れの輪唱が届くと五線を整える道化の無言劇
頂に着いた頃被り物を取る女たちは血縁を思わせる面差し
 真珠を喉に含みましたと言う素振りで静かな微笑み
兆なく暮れた帳の向こう朝を呼び夜を呼ぶ早回しの手招き
 満ちた月を合図に長蛇の列は一日を掛けた将棋倒し
避難だったか輿入れだったか戴冠した嬰児独りが越す国境

(2017.3.25)

寄稿: 佐藤裕子「アンテナ」

アンテナ 佐藤裕子

背信ではなく前進迷いは裏切り命取り絶望に手を貸す怠惰
 訳知り顔でときめきは不穏の兆候と謗る大袈裟な舌
立ち止まると胸中を読まれる敵と見做し反応するセンサー
 何か言いたげに俯いたきり一方にしか傾かない天秤
馴れる物は倦怠きえセンチメンタル懐かぬ物は観賞品備品
 換算した紙幣の枚数は常に台無しになる誠とは裏腹
辛うじてバリアの外へと矢印を向ける箇条書きはさかしま
 足音を隠す密告者は聴力を理由に空返事まで正当化
誰よりも知らない事を知っている名脇役の怪しさ信心深さ
 母を捨て父を捨て子を捨てる夫はとうの昔に捨てた
屋根裏部屋で傍受した信号は唯一つ何千何百枚の反古の谺
 油の凪に嵐の前の嵐嵐に乗じ激しく振れるアンテナ
壊滅状態ではない限りバスは出ると宣言した予約センター
 朝方から続く吹雪で高速道路は一部通行止めの沙汰
裸眼は走る直線で飛ぶ都市は出航間際の連絡船迄まっさら

(2017.3.25)

寄稿: 佐藤裕子「平行空間」

平行空間 佐藤裕子

定住しないように傷付けないように細かい鑢を掛けた深爪
 平日幻想を整え過ぎない為に黄身が二つの卵を茹で
科白の前は遠い海後には切り岸金属を含む高密度の夕焼け
 営巣すると傾斜は急だから時折り健忘症を頁に設け
絵を掛け替える庭のない地平裸婦は透き通り銀灰色の柔毛
 生命線を左右合わせ生じるたどたどしいオノマトペ
寝静まった塔の耐震装置を欺き歪める空から行方知れずへ
 粘土を掴む作業に没頭する扁形動物は月光の末梢で
連動する天へ猫舌を預け燃やす息節のない平たい軀を伏せ
 目を開く時は留守居の似姿わたしが振り返った浅瀬
接続面は今日と明日のように離れる領土であるのは今だけ
 餌付けした鳩が来る迄夢は無傷で身代わりを寝かせ
施錠後塔の住人は観葉植物に水を遣り折り込み広告を捨て
 今朝の珈琲は青いクレヨンの味だと不眠の朝の口癖
エントランスの鏡壁を横目に唇を擦り合わせる慣れた構え

(2017.3.25)

寄稿: 佐藤裕子「ムーンライトピクニック」

ムーンライトピクニック 佐藤裕子

無人駅へ行ってはいけない発電所の空地には犬捕りが潜む
 黒パンに挟んだチーズから塩気が抜けてスポンジ状
プラスチックの風が吹くと風邪薬は効きスローモーション
 村で一番高い煙突を飛んだ鳥は墜落知らず白黒反転
裏の裏は表握り締めて壊してしまう壊れて初めて伴う実感
 通学路は毎朝通行止め卒業はしないから遠足も病欠
海は不意を突く雨の日海の見えるところ命が寄せては返す
 薄切り胡瓜は蛇腹シチューが滾り尾を残し焦げ付く
水源地まで歩けないヒール営林署の金網を壊すことは無謀
 空に残る格子は半透明の子ども達が引き寄せた毛布
崩れ掛けた塔の下り階段を駆け上ったのはいつだったろう
 叢雲の月が突然自衛隊の演習場を翳したあれはいつ
向かい風に乗るエンジン音満面の笑みが篩う金銀スパイス
 麩菓子紛いのスフレで一つ大人になる誕生日を祝う
スグリジャム一壜は遭難の備えに人差し指で代わる代わる

(2017.3.25)