diffused reflection

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その硬い刃先が 直線的にすべる
音の波動が カットグラスをきり裂き
削ってとぎすまし とがった反射光を
切り子硝子の 多面体の
するどい稜線の

魂なんて 魂の横顔なんて
うつらない うかばない

うみのことと犯罪とはべつべつに
うみのことは物理的現実のものもの
手の届かない だれにも 胸に
胸につきささる あの日 あの波

あの犯罪は 犯罪者がすべてを負うべきもの
手を出したものすべてが はじめから
あのことをかくしてはじめた 昔から

赤ワインは 流れて
流れてとける 稀釈され 拡散
低い拡散 もどらないエントロピーへ

コヒーレントな波 吃水線/湖面/つなみ
夕空を見上げると しましまの
あかね雲をつきぬけ
純粋白鳥のV字隊列 鉤型の速度
鋭角のくちばしが つらぬく
あおくあおく 光る月へ

土地を追われた者たちは けがされた
汚された場所に戻ることはできない
こころも未来も汚されて
さらに深くけがされて いくのだから

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それでも一歩、ちかづく――E-mailをもとにした構成詩

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それでも一歩、ちかづく
  ――E-mailをもとにした構成詩

風がとまったとき 見えなくて
風は風の中を 見失って
かわるがわるか悪がワルかとか

空はスケルトン 空腹な な
無は無であることを 含める ことことも
状態でも さかしらでもなくなく
空はからっぽ 空という枠組み
とりととめもなく 饒舌と情熱!
齢は加速する、か……

あなぐらから脱け出るあなくろな
いくばくかはあなろぐなの相転移

○炎る夏かさねて夜もあかさたな

味見してして 一個
根野菜がぎっしりり! 一個口
一方的にまきちらされた放射能だ 定量的にとかとか
年齢的には気にしても も とか
勝手なことを 押しつけられれ
いつまでも つづくつづく夜だ 夜だが
奥方の庭の色とりどりの トマトの鮮やかかさ
キタミの朝のはじじまりは
カネイシさんの荒っぽいドライブ 思いがけなく
エゾシカがいく どどと 飛び込んで

――*の女房は*にゾッコンとシオタさんに聞いてどれくらいにゾッコンか、多分見に行ったのでしょう。そしたら、ほんとにゾッコン、夫に惚れ抜いている。(タイラカさん)
惚気も国家も それれらに翻弄される
人びとも 哀れなるるか

「『馬引事典』を作るのが夢と語ってくれた」
あややしげな女性の名で
「繰り返し『呼吸』して
 最後かもしれないから」
気まずい別れだが 放ってもおけなな
むずかしいところ それも とも
べつべつの問い合わせか みょうみょうねこなら
「もう、どこにもいない
 かけがいのない貴重さとまぶしさ」

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表層のかわ

うしは つくしくはないか
うしのかわ たいこのかわ
ながされる ぶたのかおで
ぞうのかわをはぐ しかの
のこされたかわでも いい
かわだいこは わすれられ

好日ではないかわ の身分ではない
酔いのさかりに 猫が通って
さかりのついた性 でもあるまい
立つか立たぬは ねこのかわかお

紅茶と薔薇のかおりだけ
死臭がつきまとい
munt theeだって みな
においの素は 死臭で
あるか かもしれない

人間は 全生物は
屍体をむさぼりて
遺骨と化石に囲まれてて
くらしている のだから

生命は 自分自身をくらうし
あさましいな 生存形式
外延的でなく 内部にふかく
ふかく 縮小している
それだから 全体につながるか
の滅亡が 約束されて

これをもって秘蹟とされるか の

見夢録: 2013年10月07日 Blog書斎について

私のWEBサイトはNTTのレンタルサーバーに存在している。
サイトのほかに、WordPressというブログシステムが付帯しているのだが、自己開発のプログラムでは管理が面倒なので、このブログに順次移行しようと考えている。タブレットを使い出したことも影響しているのだが。
要するに、自宅PCや旅行先のタブレットを、自由に使えるノートのような感じで、NTTのサーバーや、Googleのクラウドサーバーや Evernoteのサーバーなどを利用して、どこからでも、自由な形態で、ひとつの作品に複数の端末を集中させたり、それらを公開できるのだ。
これを、仮想的なノート、書斎といっている。パソコンの前で長時間入力するのはとてもハードだが、寝ながらタブレット端末で入力したり、旅先でウイス キー片手に推敲したり、カフェで素材メモを取ったり、作品を公開したり、自由自在。
ネットワークの中に囚われているように見えても、じつは自分の頭の中に原稿用紙とペンがある。囚われない肉体と自由な頭脳。
この数日、作品をこのような感じで書いているが、素材のアレンジも簡単で、古い書き溜めの素材を解体したりして、まるでコンセプトの異なる原稿を書き上げてもみた。どんなものかなあ、と。
しかし、けっこう、加工する作業は捗るし、造形的な面白さもある。なにか、ためていたものが、あふれてくるような気もしている。
また、最近、金石稔さんとのメールのやりとりで、あまり構えずに文章を書くことで、肩の凝りがほぐれたのかもしれない。
年齢的にも怖いものなし、警戒などしないでやりたいことはやる、という気持ちになっているせいなのかも。

旅行していても、入院しても、タブレット端末で自宅PCと連動して原稿が出来上がる。さまざまのクラウドシステムを利用することで、空間的、時間的な、多角的な推敲もできるし、さっと公開もできる。複数の原稿を同時多発的に手をつけることも可能だ。頭をころころ切り替えながらも、筆はかろやかだ。創作意欲というものが、こんなにあふれてくるときがあるのだ。
以前、絵を描き始めたとき、夢遊病者のように四六時中描きっぱなしだった、あの熱情、あるいは執拗さが再現しているのかもしれない。
ちょっと興奮しているのかもしれないけれど。

そんな具合で、おかしくならなければいいのだが、と。

重奏低音

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だれもやったことがないのに
なぜ道づれがいるのか だれの

こおりつく場(field)から
烟霧がかさ かさなり
暗い河のとど こおり

岩盤の亀裂が おもい通路に
ひかり文字の 盈ちてて
燐光ともども さらにそこへと

夜に削られる建物 いならぶ廃墟
なにも生まれず 太古からずっと
ずっと太古から 湿った風
そのゆくえに

重力にとらわれ
時間のよどみとよみ
ろかされず その
濃度のままの 流れよどみ

背中にはりついて 溺死体を
ふくらみを 書きのこさねば
仰向けに 筆記具をにぎり

無数の方向から べつべつの
ほそい角度 なので
いくつかのねむり
かさなりあい ながらなゆなや
沁み込んでゆなな

世界の多極的本質の しんしょくとと 
ゅこゅここゃかゆのゆきゅかゆかやかゆきゅかゆかゅかょこよそやそよそやそやそやさやなよかょそょそゅこゅそゅこよさょさよさゆさゆさゅさやさゃなゅこゆさやさよさゆさゃさゅさよさょさよさゆさゅさゆさょさゃさょさよさよさよさゅそやさょしそゆそやしそそやさやさゆそすやすやさせさすゆせやさささかさやさやなよ

闇の中で 誕生するイメージの
ひかりに頼ることのない
明確さをもって もっと
うら切り取られ 闇は
化学反応では とらえられないのかの

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見夢録: 2013年10月06日 ブログ書斎開設の弁

緑字斎の原稿――ブログの公開

書斎を開設しました。
旅行していても、入院していても、タブレット端末で自宅PCと連動して原稿が出来上がる。さまざまのクラウドシステムを利用することで、推 敲もできるし、さっと公開もできる。複数の原稿を同時多発的に手をつけることも可能だ。頭を切り替えながら、筆は進む。創作意欲というものは、あふれてく るときがあるのだ。

ここで、作品原稿を作成、編集、公開していきます。いわば、現場。頭脳の。
基本的に、コメントには返答しないでしょう。
もちろん、勝手に削除したり、出入り禁止にもします。
なんといっても、私の書斎なのですから。

正確にいうと、ここは緑字斎の書斎机です。というより、緑字斎と一体化したデジタル原稿用紙です。世界中、どこにいても原稿を作成するための原稿用紙です。ただし、死ねば消滅するでしょう。生きていても、ゆ?らゆ?らかな。

どこかから、遠いどこかから

どこかから、遠いどこかから
もっとも近い、うごかない
うごかない はじめから
洛陽に かえれ
洛陽に帰れ と

ふるい詩の一節の中でも
となえていたのだ けれど
ただ、そのような、声のような
ただ、そのような、まとわりつく ような
気配と、かなしみ、触ることのできない
なつかしさ、あきらめ その ような
そのような、そのような

洛陽にむかって あしを
洛陽にむかって きもちを
すでに 父も母も遠く 昔に
旅立っているというのに

すでに 洛陽という
土地となまえは なにも
なにも動かすことはないのに それでも
それでも そのときまでには、
いちど

洛陽に一歩
洛陽に向かって いっぽ
黄河を夢想して、
生まれた街を 夢想して
夢想して 旅をたび

そこで、母となるか

見たこともなかった
その場所の してみること

ふるい街並みの おくの光の中
母親の亡霊が、彼女の夢魔が

あるいは旧市街の 路地
という路地のうらうら
石塀にえぐられた 穴 鎖された
そのずっと奥 向こうに

コピー写真を撒布した かの
いたるところに
夢の奥ふかく くらいところにも
あらわれてくる

これはなんのあや まちなのか
ただの不幸せなのか しわ しわではない
老人となって ここ

わからないという逃避のふたしかな
わからないという頭皮のわからなさ

そんなこともない ただの耽溺
ただもう進めない よわい よわい

人生のデッドエンドは
すでに過ぎ去って 過ぎ去って
いるとはかぎらない

けれども ははわはは
笑いごとではない 母の夢の日
けれども はてもさてなも
悪口を言い立てても ははわはは
命日というわけでもないけれど

古城の街は 門は
崩れかけた赤壁で囲まれているが
防御されつづけるには
齢をかさねすぎて

歴史 轢死 溺死
ふるくもあたらしくも 国家の石畳も
家族の大黒柱も 系統樹も
雨のしずくの中の ものものの
黒光りするに任せている
はかなさよ そのの

洛陽金谷園の石壁

洛陽金谷園の石壁

見夢録: 2013年10月04日 牙を剥く?

○さっそく連日の作品追加。「動的作品行為」に公開した。しかし、旅行したり、入院したりするようになると、やはりタブレットから簡便に作品を登録したいものだ。
それで、現在のこのレンタルサイトにはWordPressというブログシステムが付いているので、これを利用しようかと、昨晩からいろいろ試している。いまさら、他人の作ったシステムを使うのかとも思うが、WEBプログラムも多様化しているのでもうこだわることもあるまい。
そういえば、Wimax 2+とかiijmioのプリペイドsimとか、東日本・光フレッツのポータブルのレンタルルーター(西日本ではLTE対応だが)など、モバイルでもいろいろ廉価・高速競争が加速している。ただ、パケット量の上限設定はナンセンスだ。仕事と生活、移動が日常になるからだ。つまり、世界と地域といわばトイレ空間が混在するということ。
ところで、この一年で国外のプリペイドsimは何種類集まっただろうか。香港聯通のsimは洛陽、上海を移動したときに接続できなかったり、問題はあるなあ。中国の権力的なネット管理システムの問題のようだが。
で、つまるところ、どこにいても原稿を集積できるように、ブログを利用しようと思うのです。なんてったって簡単だからね。Googleドライブとか、Evernoteなんかのクラウドも同様に便利なことはたしか。
著作権だとか、個人情報だとか、そんなものはアメリカ国家の強欲スパイシステム網の前では丸裸なのだから、この程度の情報の秘匿などは現実的にアホらしい。なんで、こんなネットワークになったのかとも思う。
監視カメラ、盗聴、誘導、人身売買、臓器移植、すでにこれらに馴致させられている人民たちよ、というわけだ。ほんとの秘密は脳みその中から出さないことさ、くだらないフィルタリング解析に読み取られないように、今にみていろ、と。

見夢録: 2013年10月03日 身も心も消滅してしまうような

しばらく、いろいろあってサイトを開店休業の状態にしてあったのだが、あまりほうっておくと身も心も消滅してしまうような気もして、というよりやれることはやっておかなければという気持ちになった。しかし、何でもやれるわけではないので、「動的作品行為」のページでだけでも新作を公開していくことにした。もう、かまえている時間もないしなあ。